4月17日19時45分福島駅
東京行きの新幹線に乗車し、数分前に券売機で購入した指定席の番号を確認する。荷物棚にキャリーケースをヨイショと置き、窓側であるA席に座ってようやくホッとひと息ついた。
その席を選んだ理由は特にない。強いて挙げるとそのあたりが一番空いてそうだったからだが、周りを見渡すと空席状況を見た時に抱いたイメージよりも人は少ないようだった。1カ月前に発生した地震の影響で東北新幹線は臨時ダイヤでの運行。週の半ばでは混雑するかもしれないと心配していただけに、少し拍子抜けした。
駅を発車後、せっかくだからと外の風景を見ると、満月が綺麗に、そして大きく光り輝いていた。「たしか4月の満月はピンクムーンっていうんだっけ」と数日前に読んだネットニュースの記事を思い出し、同時に「皮肉なものだな」とも思った。こっちの心はすっかり「月食」だというのに。
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予定から1週遅れで2年ぶりの春の福島競馬が開幕。楽しみにしていたファンの方も多いと思うが、残念ながら安全面を考慮して無観客競馬となってしまった。このコロナ禍、競馬が行われているだけでも感謝しなければいけないのは分かっているけれど、各馬の蹄の音だけが響き渡る競馬場はガランとしていてどうしても寂しい。
今のご時世、勿論有観客でも以前のような歓声が上がることはないのだが、それでも人がいることで熱気は十分伝わってくるし、ゴール後に湧き上がる拍手を聞くと心がジーンとくる。
そういえば、コロナ禍前の競馬場と比べて、お客さんの拍手の頻度が多くなっている気がする。例えば先週の中山グランドジャンプ。以前であれば大竹柵と大生垣のみだったのが、最初から最後まで障害飛越後に毎回拍手が起こっているのが記者席のモニターからでも分かった。他にも「え?このくらいのことで?」と正直思ってしまうようなシチュエーションでも起こるようになっている。貴重な現地観戦の機会だからこそ、何事にも前向きというか、競馬を心から楽しんでもらえているようだ。
一方の私はどうだろうか。
予想→レースを見る→当たるor外れるのルーティーンに慣れ始めているのか、どこか冷めた感じで競馬に向き合ってしまっているし、そのくせ馬券が外れるととても落ち込む。先週の両GⅠの本命はそれぞれブラゾンダムールとドウデュース。2レースとも勝ち馬は関東馬、特に中山グランドジャンプはスーパースターの勝利だったのに、とても勝者を称える心の余裕などなかった。そのうえこの間は普段あまりしないようなミスも少々。こんな状態で神様が味方してくれるはずもなく、馬券の成績はボロボロだった。
日曜日16時30分あたりでその週の仕事がすべて終了。本来なら17時過ぎくらいの新幹線に乗るのだが、すっかり意気消沈していた自分にすぐ帰宅する気持ちなど湧かず、どこかで少しだけ飲むことにした。「ひとりだし」とか「1杯だけだから」とかもっともらしい理由をつけて、福島の街をトボトボ歩いた。日曜夜で街は静か。自分の引くキャリーケースの音だけがガラガラとうるさく、そして重たかった。
その時思い出していたのは子供の頃、実家近くの中山競馬場へ祖父と行った時のこと。帰り道、祖父が「ここはオケラ街道というんじゃよ」と教えてくれた。どうやら馬券でスッカラカンになった人たちが歩く道らしい。もしかしたら、当時の馬券オヤジたちは、今の自分と同じような気持ちだったのかもしれない。何も考えたくないというか、現実逃避したいというか……。
しばらく歩くと1軒のから揚げ屋さんを見つけた。実は数年前にも来たことはあるのだが、当時は遅い時間に訪れたせいで「すいません、から揚げ売り切れてしまいました」と言われたところだった。いざリベンジ。
他に客はいなかった。店内はマスターと自分だけ。目的のから揚げと瓶ビールを頼んでチビチビと飲んだ。儲かったあとの酒は最高だが、負けたあとも酒も何とも言えない味わいがあって大好きである。甘めのタレで軽くガーリックの効いたから揚げも絶品。同世代に自分ほど敗北酒が絵になる人間はいないのではないかと、酔いが回ったせいもあって自意識過剰なことも考えた(笑)。ご時世だからなのか、マスターはあまり話しかけてこなかった。本当は現地の方とのおしゃべりがひとり飲みの醍醐味なのだが。
1~2時間ほどして新幹線の時刻表を確認、ようやく現実に目を向ける決心をつけて、店を出ることにした。次回訪れるときも元気に営業していてほしいと願っている。少し話し足りなかったから。
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4月17日21時30分新幹線車内
もうすぐ上野駅に到着する時、ふと思った。
「あれ?満月と月食ってどう違うんだっけ?」
学生の頃は地学が得意だったのに、もうすっかり当時の記憶が消えている。思い出すのは諦めてスマホで検索することにした。
簡単に説明すると、月が太陽の反対に位置するのはどちらも一緒だが、月の軌道は地球の軌道と比べて傾いていて、太陽ー地球ー月が横から見て(←正確な表現ではないが)一直線に並んだ時に月食になる。だから、満月の時だけ月食が起こるわけだ。
今の状況に当て嵌めることができると思った。
影に隠れてすっかり心が暗くなったとしても、要は気持ちの軌道次第。ほんの少しでも軌道を変えてあげれば、光は当たるようになる。
ダブル開催が始まってまだ2週目。この「まだ」は悲観的な意味ではなく、プラスの意味。むしろローカル競馬は逆転のチャンスがいくらでも転がっている。そのチャンスをものにするためにも、いくらうまくいかないことがあっても、気持ちはいい方へ動かしていこうと思う。
キャリーケースを軽々と持ち上げて、降車口へ向かった。
美浦編集局 唐島有輝