2021年は個人的には初ものづくしで濃過ぎる1年だった。ざっと挙げるだけでもラジオのパドック解説、北海道滞在、それに伴う本紙予想など。さすがにもう何もないだろうと思っていた11月頃、自分のTM生活を左右するまた新たな出来事が起こった。今まで担当していた南Wコースから坂路への配置転換である。
2017年に入社してからの経歴を軽く振り返ると、まず1年目は編集、想定、そして時計とひと通りの業務を経験。2年目から正式に時計班になった。最初の1年間は比較的頭数の少ない南Pコースで経験を積んで、3年目からは南Wコースの担当へ。南Wコースは美浦トレセンでは最も追い切る頭数が多く、水曜日には600頭ほどになる。忙しい時間帯だと次から次へと敵が襲い掛かってくるようなイメージで恐怖感すら覚えるが、少しでも気の迷いがあると話にならない。ここで揉まれたことによって、瞬時の決断力はちょっとくらいは身についたような気がする。
南馬場で仕事をするようになって、もうすぐ丸4年。少しずつ慣れてきたかなというタイミングでの配置転換。最初通告された時は「トレセン通信の次のテーマはこれで決まりだな」くらいにしか思っていなかったが、今振り返ってみると本当に呑気だった。
追い切りを見る上での周回コースと坂路の一番の違いは、馬を横で見るか正面で見るか。頭の中では分かっていても、実際現場に行ってみると、今までとはまったく違う感覚を使わなければいけないと痛感する。坂路のスタンドがあるのは、ゴールから50メートルから100メートルほど過ぎたあたりで、横の角度で見れる時にはとっくに減速している。追っている時の姿を見るには正面での角度しかないが、これもスピード感は伝わってこない。
もうひとつの違いはゼッケンを確認できるタイミング。各馬がトレセンで着用するゼッケンは2歳、3歳、古馬で色が違う。重賞勝ち馬なら名前付き。周回コースならば向正面にいる時からゼッケンが確認できる。これの何がいいかと言うと、例えばグランアレグリアであれば、道中で折り合いがついているかどうかをポイントとして頭に入れてから動きを見ることができる。2歳馬と年長馬との併せ馬なら、その2歳馬がどれだけ食らいつけるかがポイント。手応え劣勢だとしても許容することができるし、その中で見どころがあれば自分だけの隠し玉になる。それを紙面上で本命にして勝った時は最高。これが時計班としての一番楽しい瞬間だ。
一方坂路では、目の前に来た時でないとゼッケンが見えず、どの馬が追い切ったのか分かるのはゴールを過ぎてから。遠くからこちらに向かってくる姿を見ながら脚いろをチェック→手前に来た瞬間にパッとゼッケンを確認という順序で、これにはかなりの違和感があった。2歳馬にとって坂路を上るのはやはりキツいのか、スピード感が伝わってこないのも相まって、ほとんどの馬が良く見えない。一番がっかりするパターンは、やっと「おっ、なんだ、これ結構いいじゃん」と思った馬が、手前に来た時に見ると古馬の重賞勝ち馬のゼッケンだった時。馬に罪はないのに「いや、キミかよ」と不毛なツッコミを心の中で入れてしまう。
「これでどう判断すればいいんだよ」。
何か自分の中での大事な手掛かりを奪われたような気持ちになって、すっかり打ちひしがれた。その上予想もうまくいかず、しばらくはかなり落ち込んだ。こんな調子でこの先やっていけるのか。
ただ、どうだろう。今までだって別にうまくいっていた訳ではなかった。南馬場にいた時だってそう。ラジオも北海道滞在も本紙予想も不安で気持ちが沈むことは何度もあった。でも、なんだかんだ言いながらちゃっかりやってこれた。実を言うと先ほどから愚痴を書いているうちに、少しずつ心が軽くなってきたような気がする。今ならプラス思考になれそうだ。
要は気の持ちよう。同じ物でも光の当て方で見え方が変わる。
では今回の場合はどうか。
一見、マイナスとしか思えなかった「正面からしか見えない問題」。でも逆に言えば、その角度でしか分からないこともある。人と同じで、馬も左右で微妙にバランスが違っていて、坂路で見ていると、ほとんどの馬がどちらかに傾きながら走っている。正面からの角度だからこそ、どちらにモタれているのかはっきり見えるし、坂を上って苦しいものだから、微妙なバランスが大きくなって、余計にフラフラとしてしまう。
これは周回コースだとちょっと分かりにくい部分だ。
だからこそ、まっすぐに駆け上がってくる馬は体幹やバランスがしっかりしている証拠。具合も相当いいはずだ。競馬ブック当日版では追い切りを行ったすべての馬に攻め解説が書かれている。そのあたりのワードが出てくれば、馬券のいいヒントになるかもしれない。
坂路調教のメリットのひとつに、スピードが出にくいからこその、足元への負担軽減が挙げられる。つまり、足元にちょっとした不安のある馬が追い切る場合がある。でも、だから駄目と言うことではない。不安があるなかで最善を尽くす。そのために日々坂でトレーニングを積んでいる。
乗り越えた先に何が見えるのかは分からないが、目の前で走る馬達に勇気づけられながら、この坂をのぼろうと思う。
美浦編集局 唐島有輝