コロナ禍の生活は3年目に入ってるのか……
甲子園の優勝監督インタビューを聞いていて、あらためてハッとさせられた。マスクに手洗い、そしてソーシャルディスタンスも当たり前のことのようになってきて、ずっと昔からやっているような感覚になっていた。
コロナが始まった時にはこんな状況は全く考えもしなかったのに、今は当たり前のように対応している。慣れる、つまりは環境に対応していくのは人間として必要なことなのかもしれないけれど、怖い面もある。
いつの間にか無感覚になっていたのかもしれない。
しかしもう2年以上。今の3年生は高校生活をここまでコロナ禍で過ごしてきて、おそらく、卒業するまで同じことが続くはず。
精神面での成長にいい影響はないのではないか。或いはコミュニケーションをちゃんと取れなかったりするのではないか。そんな不安ばかり感じていたが、今年の高校野球を見ていてちょっと安心した。
全体的に好感の持てるチームや、選手が多かったような気がする。
特に昔はよく一番面白いと言われたベスト8の4試合は久しぶりに興奮するような試合ばかり。コロナ前の数年より各チーム、中身の濃い面白い内容の戦い方が多かったのではないか。
決勝を戦った2チームはまさにその代表と言っていい存在だった。
狙いを絞って攻撃を続ける仙台育英。最終的には点差こそつけたが、下関国際の9回まで自分たちの野球をやり抜く姿勢は心打たれるだけではなく、最後まで勝負の行方が分からないのではないかと思わせるものがあった。
未成年者のおかしな事件がないわけではない。マスク越し、画面越しではもうひとつ伝わり切らない。ぬくもりが必要な世代に一番届かない思い。何かと不安を感じる時代なのも確かだ。
となると大事になるのは関わる大人たち。
決勝の2チームの監督が比較的若くて、必ずしも恵まれた選手時代ではなかった点は非常に興味深くて、まさに今の時代にこそ選手に寄り添える存在だったのかもしれない。
コロナ後も競馬は比較的順調に開催できて、大きく生活の流れが変わるようなことはなかった。
しかし、その感覚は相応に年を取った自分の感覚だったかもしれない。
我々の業界の若手は勿論、若い厩舎のスタッフや騎手なども大人たちが思っている以上に分からないストレスを感じたり、不安に思っていたのかもしれない。
馬は当然だけれども、人が育ってこその競馬。
空白の3年になるようなことはないと願うけれど、自分も含めてその危うさは感じていないといけないのかも。
いろいろな意味で今年の甲子園大会は面白かっただけではなくて、いろいろ考えさせられる内容と結果が多かったような気がする。
何よりも前述のベスト8の大阪桐蔭と下関国際の試合は素晴らしかった。
勝負事の大事なことを教えてくれただけではなく、敗れた大阪桐蔭の態度が何より清々しい思いにさせてくれた。
決勝翌日の新聞で須江監督と大阪桐蔭の西谷監督とのちょっとしたエピソードを読んで、より大事なのは人と人との関係性なのだと感じさせられた。
東北に初めて優勝旗が渡っただけではなくて、アルプススタンドに応援団が構えて、吹奏楽部が演奏して、お客さんも入った大会はまさに100年続けてきた意味を感じさせるような大会だったのではないかと思う。
競馬こそ続けることの大事さを一番感じさせてくれる競技。
一度、止めてしまったら何よりも血が絶えてしまう。
これは馬だけではなく、人にも言える話ではないだろうか。
まだ終わりそうにないうんざりする暑さの中で、久しぶりに気分良く考えさせられました。
美浦編集局 氏名 吉田 幹太
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。