今年のドバイワールドカップ開催は日本勢にとっては残念な結果。ワールドカップ連覇だ何だと煽った罪もあるが、10回やって9回負けるのが競馬。こんなこともあると気持ちを切り替えることも大切だろう。ところで、ドバイの中継といえば画面下にリアルタイムで各馬の通過順が表示される。縦横の並びがわかる昨年までの2次元のものから、今年はシンプルで場所を取らない1列に並ぶパターンに変更されていたが、これはいずれもアメリカのトラカス社のシステム。「トラカス=Trakus=」の概略については週刊競馬ブック2010年4月26日号、秋山響さんの海外競馬プラスを参照願いたい。簡単にいうと各馬のゼッケンに装着したクレジットカード大のタグを競馬場の6~10カ所の無線局で捉えて位置情報を得る。少なくとも3つの地点からの距離が分かれば平面上の位置は特定できるので、位置情報に時間データを加えれば、あとはコンピュータ上の処理によって、通過順、ハロン毎のタイム、特定の地点でのスピード、回ったコースによる距離損…などでいかようにも分析することができる。現在ではチャーチルダウンズやキーンランド、デルマー、ガルフストリームパークといった地元米国の主要競馬場のほか、ドバイのメイダン、シンガポールターフクラブ、トルコのヴェリエフェンディ、フランスのドーヴィルなど世界各地で採用されている。
パソコンであればドバイレーシングクラブのサイト(http://www.dubairacingclub.com/racing-information/trakus-chart)に各レースの「トラカス・チャート」が用意されているので、実際に見るのが手っ取り早い。チャートにはアメリカのデイリーレーシングフォームのチャートなどでおなじみの通過順と前の馬との差に加え、2ハロン毎に個別の通過タイムが記されている。これだけでも詳細なタイム分析に役立つ。それよりもエンターテインメント的要素が多いのがジョッキー目線、俯瞰、横からの動画の3つ。取得したデータを元にアニメーションを動かして、実際のレースを競馬ゲーム的に再現している。ときどきコースを外れたりするのはご愛嬌だが、テレビの映像では見えないような位置取りのディテールまでよく分かる。特にドバイゴールドCなど、ジョッキー目線の動画を小牧騎手になり切って見ると無念さが我がことのように伝わってくる。
位置情報取得には衛星を用いたGPS(グローバル・ポジショニング・システム)がおなじみで、すでにカーナビから携帯端末まで広く普及している。栗東トレーニングセンターでもGPSロガーというGPSの位置情報を記録する小さな機器を用いた調教の記録が実験的に始められている。ただ、民生用のGPSロガーは今のところ位置情報記録が1/5秒に1回しかできず、「ロガー」という名の通り、貯めたデータをパソコンに移して初めて情報が得られる。そこが1/100秒単位かそれ以上にきめ細かいデータをリアルタイムで得られるトラカスとの違い。一方、GPSは新たに大掛かりな装置が必要ないが、トラカスは前述の通り小型基地局をパトロールタワーやスタンドに設置する必要がある。もちろんトラカス社のシステムを使うなら、利用料としてばかにならない金額が必要だろう。あるいはレースではなく、トレーニングセンターでの追い切りなど、調教データの採取に使う場合、朝一番の立て続けに数十頭(もっとか?)がゴールに雪崩れ込んでくるような場合に量的に対応できるのかという問題もある。
とはいえ、グリーンチャンネルでのレースリプレイとパトロールビデオの放映に加え、パソコン・携帯端末への動画配信など、20年前、10年前に比べたら競馬の情報提供量は格段に増えた。詳細なタイム、通過位置情報など、紙媒体では限界があるが、ネットでのデータ配信なら限界はないし、データを利用する側の工夫次第でいくらでも意味や価値は見出せる。データによってレースを丸裸にしたその先を「予想」で埋められるかが問われる時代がすぐそこに来ているようで、どうも首筋に冷やっとしたものを感じないでもない。
栗東編集局 水野隆弘