血統閑談#023 グランマオブザイヤー(水野隆弘)

 有馬記念G1は3歳牝馬のレガレイラが勝ちました。年齢差で2kg、性差で2kgの計4kgの負担重量の差があるとはいえ、歴戦の古豪シャフリヤールを相手にした追い比べで一歩も引かない戦いぶりは見事というほかありません。レガレイラは2023年12月のホープフルSG1以来の勝利で、当時と同じ牡馬を破ってのG1勝ちとなりましたが、もうひとつ、共通の祖母を持つ3頭が同一年度にG1勝ちを果たすという快挙を達成しました。ウインドインハーヘアIREといえばディープインパクトの母として知らぬ人のいないほどの名牝ですが、そのほかにもブラックタイドはキタサンブラックの父となり、曽孫レイデオロは2017年の日本ダービー馬となりました。その名牝の娘であるランズエッジは6頭の牝馬を生み、その次女であるロカがレガレイラの母となりました。ひとつ下の妹エッジースタイルが生んだアーバンシックは菊花賞G1に勝ちました。もうひとつ下の妹ブルークランズの娘ステレンボッシュは桜花賞G1に勝ちました。

ウインドインハーヘアIRE(1991、父Alzao)
 ランズエッジ(2006、ダンスインザダーク)
  ロカ(2012、ハービンジャーGB)
  |レガレイラ2021、スワーヴリチャード)
  エッジースタイル(2013、ハービンジャーGB)
  |アーバンシック2021、スワーヴリチャード)
  ブルークランズ(2014、ルーラーシップ)
   ステレンボッシュ2021、エピファネイア)

 ウインドインハーヘアIREはディープインパクトの母であるというだけでも日本競馬にもたらした影響の最も大きな牝馬であるといって過言ではないと思いますが、このような記録が日本においては空前のものであることは、週刊競馬ブック2024年11月4日発売号の「G1競走 血統アカデミー」においてサラブレッド血統センターの山口裕司さんが示してくれました。いとこ同士による同一年G1(級)勝利は国営時代からランズエッジ一族を含めて5例しかありません。
 以下にほかの4例を示します。山口さんの記事のほぼ丸写しです。

1)祖母 バツカナムビユーチー
 孫 ジツホマレ(1953優駿牝馬)
 孫 ハクリヨウ(1953菊花賞)
2)祖母 第五マンナ
 孫 オンワードゼア(1958天皇賞(春)・有馬記念)
 孫 セルローズ(1958天皇賞(秋))
3)祖母 メジロナガサキ
 孫 メジロファラオ(1999中山グランドジャンプ)
 孫 メジロドーベル(1999エリザベス女王杯)
4)祖母 ダイナアクトレス
 孫 マルカラスカル(2002中山グランドジャンプ)
 孫 スクリーンヒーロー(2022ジャパンカップG1)

 これだけしかないのです。障害を別にした平地だけの例では3度目に過ぎず、イトコ3頭による例は初めてでした。
 これだけレベルが上がって、競争も激しくなっている現代にあって、このような奇跡的な集中が起こること、同一牝系であっても別個体にこのようなシンクロニシティが起こることは血統の不思議というほかありません。
 今年はもう一例、地理的には壮大なイトコ同士の戦いと成功がありました。そう、ケンタッキーダービーG1で文字通りどつき合いを演じたシエラレオーネとフォーエバーヤングです。

Darling My Darling(1997、父Deputy Minister)
 フォーエヴァーダーリングUSA(2013、Congrats)
 |フォーエバーヤング2021、リアルスティール)
 Heavenly Love(2015、Malibu Moon)
  Sierra Leone シエラレオーネ2021、Gun Runner)

 シエラレオーネは2歳時2戦1勝、3歳を迎え、2月のリズンスターSG2、4月のブルーグラスSG1を連勝してケンタッキーダービーG1に臨みます。フォーエバーヤングは全日本2歳優駿まで2歳時3戦全勝、3歳になると中東に飛びサウジダービーG3、UAEダービーG2を連勝しケンタッキーダービーG1に挑みます。日本馬は米国遠征を敢行する以外はジャパンロードトゥザケンタッキーダービーを勝ち抜くかUAEダービーG2の一発勝負を成功させるかしないとケンタッキーダービーG1への出走はかないません。その綱渡りを狙って成功させるだけでも十分に偉業といえるように思いますが、ケンタッキーダービーG1でのフォーエバーヤングは序盤後方から3~4角で外を進出し、それを追ったシエラレオーネと直線の300m以上をずっと馬体を並べ、ときにぶつかり合いながらのバトルを続けます。その戦いが激し過ぎたため、内からスッと抜け出したミスティックダンに栄冠をさらわれてしまった嫌いもないではないですが、あれが1、2着争いであればケンタッキーダービー史上に残る死闘として語られることになったでしょう。
 このイトコ同士の戦いの第2章はブリーダーズCクラシックG1となりました。シエラレオーネはベルモントSG1・3着、ジムダンディSG2・2着、トラヴァーズSG1・3着と勝ち切れないまま大一番に臨みます。フォーエバーヤングは10カ月ぶりの日本国内出走となったジャパンダートクラシックLRを勝っての再度の渡米となりました。まるで少年マンガのような展開で、10年前の日本の競馬ファンには信じられないようなことが現実となりました。結果は望み通りのペースで流れたことでシエラレオーネが末脚を遺憾なく発揮して優勝、フォーエバーヤングは勝負どころでもたつきながら、よく追い上げて3着となりました。負けはしたものの立派な戦いぶりであったと思います。願わくば、この戦いに第3章があらんことを。
 あと、イトコ3頭の例で思い出したのが、1986年生まれの米国生まれの3頭。ボールドイグザンプルの孫たちです。

Bold Example(1969、父ボールドラッドUSA)
 Past Example(1976、Buckpasser)
 |Polish Precedent ポリッシュプレセデント1986、Danzig)
 Highest Regard(1977、Gallent Romeo)
 |オウインスパイアリングUSA Awe Inspiring1986、Slew o’Gold)
 French Charmer(1978、Le Fabuleux)
 |Zilzal ジルザル1986、Nureyev)
 Perfect Example(1982、Far North)
  Culture Vulture カルチャーヴァルチャー(1989、Timeless Moment

 英国調教馬のジルザルは3歳5月のデビュー戦勝利からジャージーSG3、クリテリオンSG3、サセックスSG1、クイーンエリザベスSG1と5連勝であっという間に欧州マイル王の座に駆け上がり、ブリーダーズCマイルG1では出負けから小回りの外々を回って流れに乗り切れず詰め切れずといった内容の6着に終わって引退します。それでもこの年、英2000ギニーG1、ダービーG1やキングジョージ6世&クイーンエリザベスSG1に勝った名馬ナシュワンを抑えて欧州年度代表馬に輝いています。ポリッシュプレシデントも3歳時にジャックルマロワ賞G1、ムーランドロンシャン賞G1まで7連勝し、クイーンエリザベスSG1でのイトコ対決でジルザルの2着に敗れます。それとは別にもう一頭のイトコ、オウインスパイアリングUSAはフラミンゴSG1に勝ちケンタッキーダービーG1で3着するなど米国三冠ロードで活躍し、8月のアメリカンダービーG1に勝ちました。これが同じ年の出来事ですから、さらにスケールの大きいシンクロニシティですね。このイトコたちには3年後にもう1頭の名牝が生まれます。1989年生まれのカルチャーヴァルチャーはフィリーズマイルG1とマルセルブサック賞G1に勝ち1991年のカルティエ賞最優秀2歳牝馬となったのち、3歳時には仏1000ギニーG1にも勝ちました。
 ほかにもっとすごいのがいるのかもしれませんが、私が知る限りこのイトコたちの祖母ボールドイグザンプルが最強のグランドマザーということになります。ランズエッジにはそれを追い越す可能性がまだ残されているのです。

栗東編集局 水野隆弘

水野隆弘(調教・編集担当)
昭和40年10月10日生まれ、三重県津市出身
1988年入社。週刊誌の編集、調教採時担当。JRA賞の投票案内が届きました。有馬記念G1を終えて、個人的には最優秀3歳牡馬が微妙な感じになってきました。東京大賞典G1をフォーエバーヤングが勝てば日本で「最優秀」な「3歳牡馬」であろうとは思うのですが、日本中央競馬会JRA賞表規則第2条1項により評価対象となるのは「当該年度の中央競馬の競走における成績」と決まっているので、そもそも被選挙権がありません。(12月26日追記。同規則同条第3項に地方、海外の成績も評価対象とできる旨明記されていますので取消線部分抹消)どうでしょうか。同馬のボールドアンドブレーヴな今年1年間の戦いが報われることを願います。
 では、皆様良いお年を。