本音を聞きたい(吉田幹太)

 東京2020はとんでもない1年になってしまった。

 何年か後に思い出した時に悪いことばかりが思い出されそうだけれど、競馬に関してはインパクトのあるいいできごとの方が多かった。

 その極め付けが三冠馬が3頭も揃う今週のジャパンカップか。

 レースが楽しみなのは言うまでもないが、揃って現れるパドックに気持ちは昂ぶってしまう。

 相撲で言えば三役揃い踏み、甲子園の試合前の整列、ラグビーの国歌斉唱……みたいなものか。

 本来なら他のスポーツももっと盛り上がるはずの秋だけれども、自分がよく見る野球やゴルフ、さらには相撲も今イチ盛り上がりを欠いているような気がするのは目一杯のお客さんがいない分かもしれない。

 さらに日本シリーズがまさかというべきなのかは分からないけれど、火曜日の試合が終わった時点でソフトバンクが3連勝。

 ほとんど試合を見ていない自分が言うことではないけれど、盛り上がっているとは言い難い状態になってきた。

 こうなるとよく話題になる1989年の巨人近鉄の日本シリーズ。

 3連勝した近鉄の先発、加藤投手のインタビューで流れが一変。その後に巨人が4連勝して日本一になった年である。

 当時はいろいろ批判されて、戦犯にもなった。しかし、今の自分の立場になって思い起こすと加藤投手のようなコメントは生々しくて、非常に面白い。

 だからこそ、何年たっても日本シリーズが始まると記事になり、当時、生まれていなかった若い野球ファンにも浸透しているのではないだろうか。

 勿論、当時の近鉄の選手やファンが苦々しく思ったのは確かだろう。これがいい教訓にもなって、選手に緊張感が持続するようになったのかもしれない。しかし、このコメントが表に出てきていた当時。野球だけではなく、本音でいろんなことが語れていたいい時代だったような気がしてならない。

 新聞を読んでも、テレビを見ても、プロ野球に限らず、選手のコメントで面白いと思うことはほとんどなくなった。

 今はおかしなことを言うとすぐにネット上で犯罪者のように叩かれて、メディアもそれに習ったような報道を始める。

 これでは怖くて本音では語れなくなるのも仕方ないのかもしれない。

 この先、ネットの扱われ方がどうなって、どういう未来が待っているのかは見当もつかない。あらゆることがうわべだけで、一切、本音で語れなくなったらあまりにも寂しくはないだろうか。

 歴史に残るようなコメントはもう我々の耳には届かなくなるのかもしれない。何かが起こりそうな楽しいコメントでさえ聞けないのかもしれない。

 仲間内では本音でしゃべれるからいいのかもしれないが、やはり、ファンを巻き込んで、自分たちを熱くさせてくれるコメントが聞きたい。

 加藤投手の発言は悪い教訓となったが、もっと我々を奮い立たせてくれるような凄いコメントも聞けなくなるかもしれない。

 それが残っていた30年前のことをもう一度思い出してみてはどうだろうか。それが必ずしもいいとは言い切れないが、少しずつ生々しさを取り戻すことはおそらく、自分たちの生活をいろんな意味で豊かにするのではないか。

 コロナになってからは、じかにコメントを取ることさえ困難になり、リモートで聞くような時代になってきた。

 日本の首相もほとんど我々に向かって話すことはなく、人と人の間には透明な壁が出現するようにもなった。

 それでも世の中はちゃんと回って、株価も上がり続けている。

 経済的にはこれでいいのかもしれないが、何か物足りなく、違っているような気がする。

 空前絶後ともいえるジャパンカップ。どの三冠馬が一番強いのか、或いはそれ以外の馬が勝つ波乱があるのか。とにもかくにも、そのレース後には是非とも熱い関係者が、熱いコメントをしてくれることを期待したい。

美浦編集局 吉田幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。