道を示す人(和田章郎)

 ディープブリランテ115407人、キズナ139806人、ワンアンドオンリー139947人、ドゥラメンテ129579人、そしてマカヒキ139140人。
 2012年から今年までのダービー勝ち馬と、当日の東京競馬場の来場者数です。

 東日本大震災が発生した2011年のダービー当日の来場者数が「44年ぶりに10万人を切った」というので話題になりましたが、翌年、その震災被害の影響が残る中でもV字回復しています。
 つまり日本ダービーはよっぽどのことがない限り、10万人を超える観客を動員し続けている、ということになります。

 「観客が10万人を超えるスポーツイベントは、海外ではそれほど珍しいことではないのですが、日本では競馬しかありません」
 と日本における競馬の特異性について語ってくださったのは、筑波大学の松元剛准教授です。

 2013年春。
 筑波大学体育専門学群の、春学期の一般教養科目として、『競馬の世界』という授業がスタートしました。4月から7月に10回の講義が設けられていて、今年で4年目。
 この講義を担当しているのが松元剛准教授なのですが、その中のひとつに「騎手の世界」と題した回があり、松元先生から直接依頼され、“非常勤講師”の肩書きで講義を行っているのが岡部幸雄元騎手です。

 講義が開設された13年から教壇に立たれていて、その最初の年に週刊誌(13年6月9日号)の方で小さな記事を書かせていただきました。

 翌年以降は週刊誌の方では扱っていないのですが、実は取材の名目で毎年、受講(?)させていただいてます。その一番の要因は、前述した松元先生独自の視点による“競馬”の捉え方に強い共感と興味を覚えたから。

 実際、講義が終わってから雑談している時でも、ハッとさせられることが少なくありません。今年もそうでした。

 「岡部さんが(授業中に)騎手になりたての頃のエピソードをされた時に、“師匠”という言い方をされてましたが、騎手にはコーチのような存在がいません。“師匠”と呼ばれる人(つまり調教師)が、その役割を果たすのだな、と思いました」
 みたいなこと。

 松元先生はもともとスポーツにおけるコーチングが専門で、“師匠=コーチ”の発想は、だからこそなのかもしれません。とは言え、この講義をスタートさせる以前は、それほど競馬にかかわりがあったわけではなかったそうで、岡部さんの話には「自分も大変学ばせてもらっている」とおっしゃっていました。

 いやともかくも、騎手にはコーチが不在、という意見。
 騎手をスポーツ選手=アスリートだと定義づけると、確かにコーチの存在がいない、というのは独特にも感じます。
 体重管理はプロボクサー並の厳しさが求められるでしょうし、それに伴った栄養管理も必要でしょう。体幹や筋力トレは勿論のこと、自分に何億ものお金が賭けられているのですから、メンタル面でのケアなども含め、専属のプロフェッショナルが数人ついていても不思議ないようにも思えます。

 無論、騎手によっては肉体面のケアを目的として専門のトレーナーのもとに通う人や、栄養管理に積極的な人もいるのですが、そのほとんどは自発的な行為です。
 そうではなくて、外から客観的に観察できる立場の“第三者=コーチ”による指導があるかないか、という発想。そのことが重要なのではないか、とする仮説です。

 この指摘については岡部さんも大きく頷きながら、「自分らのデビュー当初は、師匠から乗り方だけでなく、日常生活についても口やかましく言われましたもんね」と。

 “騎手”として、だけでなく、“一人の社会人”として。
 その部分まで指導する人が居るか居ないかで、騎手としてのパフォーマンスに差が生じる可能性は十分にありそうですし、それ以前に日常生活における行動パターンそのものにも影響が出てくる気がします。
 それがひいては“騎手”というプロスポーツ選手の、イメージの形成にも関係してくることは大いに考えられます。

 ちょっとした視点の違いから、このような仮説が生まれ、視野が広がっていく過程。そのことに興奮させられることが、毎年、『競馬の世界』を受講させていただいている動機になっているのかな、と思います。その繰り返しが、“競馬の特異性”といったことにも気づかせてくれる“想像力”を養うことにもつながりそうですから。

 最後に、松元先生がこの講義を立ち上げた理由のひとつを。
「この講義を受講した学生達が社会に出て、優れたオーディアンスとして成長して競馬に向き合うようになれば、その視点が友達やまたその友達に伝わって、凄い広がりになります。そうなってくれれば」
 どことなく学究的?
 それはまあ仕方がありません。何せ大学の授業の話ですんでご勘弁を。
美浦編集局 和田章郎

和田章郎(編集担当)
昭和36年8月2日生 福岡県出身 AB型
1986年入社。編集部勤務ながら現場優先、実践主義。競馬こそ究極のエンターテインメントと捉え、他の文化、スポーツ全般にも造詣を深めずして真に競馬を理解することはできない、をモットーに日々感性を磨くことに腐心。この夏も北海道遠征が不透明になりつつあることに頭を抱えている今日この頃。