今回は栗東トレセン外周をぐるっとひと回り。徒歩で1時間強、読むだけなら5分ですむのでお暇な方は少々お付き合いください。
草津駅から東南東へバスで20分、名神栗東インターチェンジから南南東へ車でおよそ10分弱、県道12号線が金勝川(こんぜがわ)を渡って間もなく、右に向かう坂の上り口にシンザンのブロンズ像がある。ここからスタート。春には盛大に桜が咲き競う坂を登ると、途中の右側に乗馬苑がある。10月初旬には「馬に親しむ日」というイベントがあって一般公開されるので、興味のある方は行ってみてください。懐かしい馬に会えるかも。坂を登り切ると、道路左手のこんもりとした林の向こうがトレセン構内。右手に関係者住宅がある。平坦でまっすぐな4車線道を3分ほど歩くと左手にトレセンへの入場口が見える。倉見門といって小社TMが車でトレセンに入る際は一番利用頻度が高い。ここで通行証を示して中に入る。その正面あたりに「事務所前」というバス停。田舎のことゆえ、何の事務所かという突っ込みは無用。すぐにトレセン事務所が見える。出馬登録の受付をはじめ、トレセンの事務・広報機能がここに集約されている。それを過ぎて緩やかな下り坂をわずかに右にカーブし、右手に貯水池を見てしばらく行くと凱門(かちどきもん)といわれる入場口がある。高速道路の料金所のような体裁で、最も立派な造り。これがトレセンの正門ということになる。少し直進すると右手にトレセンマーケットがあるので、そこを右に折れて坂を下る。曲がってすぐの左手に組合事務所、下っていくと右手に栗東診療所がある。馬の診療所はトレセン場内だが、人の診療所は外にあって、ここはトレセン関係者でなくても利用できる。反対側の崖下にある厚生会館は関係者の講習会から近隣地区の集まりまで行われる多目的施設で、昔は習字など子供の習い事も提供していたが、今もやっているのだろうか。葬儀もここで行われることが多い。その背後、西側にも関係者住宅が広がる。こちらは「西住宅」。シンザン像に近い方は「東住宅」と呼ばれている。トレセンで育つと西住宅が西、東住宅が東、馬場が南という基準で方向感覚が形成されるようだ。それはさておき右手に保育園を見ながら長い坂を下り切ると新しい住宅地にぶつかる。昔はちょっとした森だったが、ここ数年ですっかり開けた。左折して、少し広い道を再び左に曲がると、道の向こうに老舗の馬糧業者・市原商店がある。
ここからはトレセン外周の西辺を南へ。市原商店の隣に並ぶ競馬ニホンの寮を過ぎると切り通しの上り坂が続く。150mほど進むと道路の上を高架橋が渡っていて、左側のトレセン、右側の独身寮とグラウンドを結んでいる。それを過ぎてもなお上りは続き、左がトレセン、右側はゴルフ場だが、見えるのは塀と林だけで、知らずに通ればただの陰気な道でしかない。結構な交通量があり、ダンプカーなども多いので、坂のピークの前後のトレセン側には高い遮音壁が設けられている。坂なのでエンジン音が大きくなるし、塀のすぐそばには厩舎があるためだ。遮音壁というと高速道路などに見るように、中から外に音が漏れないようにするために設けられることが多く、外部の騒音を防ぐために置かれるのは珍しいかも知れない。下り坂が右に緩くカーブしているあたりは塀から50m程度のところまで広大なEコース3~4コーナーの外縁が迫っているはずだが、道路からコースは見えない。坂を下って景色が開けてくると西の通用門からの出口とコンポストプラント(厩舎の廃棄物を堆肥に加工する施設)がある。昔はグラウンドだった場所で、厩舎対抗の運動会なども行われていたが、グラウンドは10数年前に前述の高架橋の先に移った。コンポストプラントの向かいは島上牧場。「競馬四季報」などで「島上牧場に放牧」といった記述を見ることがあるかも知れないが、ここは放牧といってもほんとに目と鼻の先だ。坂を下り切るとプールがある。といっても競走馬のトレーニング施設としてのそれは構内にあり、ここはトレセンの子供たちのリクリエーション施設としてのヒト用屋外プールで夏はにぎやか。トレセンの西南の角になる。
ここで左折し、広い道から分かれる。舗装はされているが農道あるいは通学路としてしか使われない道なので歩くには安全で快適。さらに左へカーブをグルッと回り、少し行ったところの林の向こうが坂路のスタート地点になる。ここからはほぼ坂路に並行した道が続く。道路はクネクネしたコースを取るので坂路の800mより長い道のりになるが、最終的にはほぼ同じ高さまで登るので、坂路でトレーニングする馬の気持ちを理解するのに少しは役立つかもしれない。スタート地点から50mほど進んだところは樹木の切れ目になっていて、下段手前にスタート地点に向かう逍遥馬道、上段に坂路が見える。植え込みがあるので馬は見えないが、800m地点を過ぎて徐々に加速していくあたりなので、早朝に行けば馬の息や蹄音が聞こえるかもしれない。繰り返すが馬は見えません。農道はカーブを繰り返しながら右にそれ、坂路のゴール前200m地点あたりで並行して走る県道113号線に合流する。歩道はあるが、交通量の多い道なので気をつけましょう。県道が右の住宅地からの道路と交差するあたりが坂路のゴール地点とほぼ同じ(ちなみに住宅地方面に向かって西に上っていくとかつてのホースニュース馬社の寮がある)。ゴール地点だけを比べれば坂路の方が標高があるように見えるが、その後、道路の方は少し傾斜を強めて左に緩くカーブする。そのまま200m頑張って坂を登ると高さも追いつき左手に坂路のスタンドが見える。無骨な4階建て。何も知らずに道路から見上げるとニョッキリそびえ立つその姿は少々異様に感じられるかも知れない。坂路スタンドを過ぎると下り坂。県道から左に分かれて再び農道へ。ここは坂路につながる逍遥馬道と並行していて、互いに接近している場所は遮音壁が設けられている。こちらはしかし、県道からは田圃を挟んで離れているし、馬が通るのも早朝なので、それほど高い壁ではない。用水路沿いに下ってくると、柵越しに逍遥馬道から20mほどまで接近しているところがあって、早朝に歩いていると調教を終えた馬のシルエットを見ることはできる。
下り切ったところが県道12号線との交差点。最近できた焼肉屋があるが、高そうだし、40歳を過ぎてからそう肉が食べたいとも思わないし…、行ったことがない。脱線しました。すみません。直進すると石部を経て国道1号線へ、右折で金勝山(こんぜやま)を越えて信楽に至る。金勝山には金勝寺(こんしょうじ)という天平5年(733年)創建の古刹があり、山の向こう側の斜面には狛坂磨崖仏があるが、いずれも観光地と呼ぶにはハードな場所。訪れるにはそれなりの装備と覚悟が必要なので、栗東在住20数年たった今もまだ行ったことがない。また脱線しました。すみません。交差点を左に折れてしばらくいくとスポーツ紙記者などの宿舎である愛駿寮、そして第5通用門がある。徒歩で入場するには最も適した門で、昔は自動車でも出入りできた記憶があるが、逍遥馬道の出入り口と合流する形になっていて危険なので大きな門は閉じられたままだ。右に金勝小学校を眺めながら3分ほど歩くと、左手に鄙には稀なクリーム色の瀟洒な建物が見える。ちょっと前までは麺類丼物一式を供する食堂だったが、ご亭主が高齢のため店を閉じ、跡地が社台グループの事務所になった。一見、カフェかペンションと見間違える。へーっと感心しながら100mほど歩くとゴールのシンザン像。結局これが外から見られる唯一のトレセンのシンボルだった。お疲れさまでした。
ここまででお気づきのように、見どころは……ひとつもない。近くまで来たついでにトレセンってどんなところか見てみようと思っても、見えるのは柵と塀。これはもったいない話ではないだろうか。トレセン見学を申し込む手もあるが、日にちを合わせて、抽せん通って、平日早朝にトレセン集合というのはなかなか敷居が高い。舞台裏を見せることもなかろうという考え方はあるのかもしれないが、舞台裏が無限に広く深いのが競馬の魅力。知ればもっと好きになるというものでしょう。お金のあるころに、事務所に併設のミニ博物館とか、外から好きなときに訪れて馬場が展望できるファン用スタンド──東西の外縁部なら可能だろう──とか、そういった施設を作っておけばと今さらながら思う。
栗東編集局 水野隆弘