3億円グランプリ(吉田幹太)

 10万を超えるお客さんが詰め掛けた昨年の有馬記念。

 結果はご存知の通り。キタサンブラックが自分の形に持ち込んで危なげなく逃げ切り、引退レースを最高の形で締めくくった。

 レース自体、それなりに想像できる内容だけに驚きはなかったけれど、ゴールした直後に大勢のお客さんがくるっと振り向いて、スタンド側に向けて拍手をしだしたのには驚かされた。

 ○○コールが起こるシーンは何度か見たことはある。しかし、お客さんが振り向いて拍手をしたのは初めて見る光景。何が起こっているのかすぐには理解できず、結局、北島オーナーに向けられたものだとは分かっても、あの混乱と熱狂の中で多くのお客さんがすぐに振り向いてこちら側に拍手をしたのかと思うと余計に驚きがこみ上げてきた。

 騎手や調教師に比べると比較的扱われることの少なかった馬主。そこに注目が集まるのはいいことだろう。しかし、当日詰め掛けたお客さんの多くが期待した通りにレースが進み、終わった直後に拍手喝さいが起こって、コンサート会場のように盛り上がるのだから驚かざるをえない。

 ファン投票1位で、単勝のオッズもダントツの1番人気。勿論、多くの人が喜ぶのは当たり前で、何かしらの馬券が当たった人も多かったのだろう。しかし、その盛り上がりに比べると3億円をかけての戦いの割には、少し攻防が少なかったように思う。

 前日に行われた中山大障害。林満騎手騎乗のアップトゥデイトは前半からいつも以上に後続を大きく離す逃げの手に出て、王者オジュウチョウサンを寸前まで苦しめる見事なレース。馬券が外れた自分でさえ、直線はしびれるような追い比べだった。

 他の公営競技で言えば競艇のグランプリも面白かった。進入で激しく動いて、スリットを抜けてからも艇をぶつけながらの激しい攻防。結果的には1枠からの逃げ切り勝ちでも、他の艇にも見せ場はあって面白いレースだったように思う。

 その中山大障害の約5倍、競艇グランプリの3倍の賞金がかけられていたにもかかわらず、それほど激しい競馬にならなかったのは出走メンバーの影響もあったのかもしれない。

 仮にレイデオロがもし出走していたらどうだったろうか。途中で13秒台のラップが続いたところで、ダービーのように早目に動くような場面はなかっただろうか。もし、馬体を併せて直線に向くような場面があったのなら……場内は勿論、自分自身も息を呑むような勝負になったのではないかと思う。

 年末の寒い時期に行われて、その4週前には同じ賞金のジャパンカップがある。メンバーが揃わないのは致し方ないのかもしれないが、もっといいレースで、もっと強さを感じさせる競馬で花道を飾ることもできたのではないだろうか。

 キタサンブラックが勝ったことで、前述のお客さんは大いに喜んで、今まで競馬など扱ったことのなさそうなテレビ番組でも大きく競馬を扱うようになった。競馬とは無関係の知人までも名前を口にして、いまだにニュースサイトで馬名を目にする日の方が多い。

 あの場内の反応を見ただけでも、競馬に与えた功績は自分などが想像できる範囲をはるかに超えている。携わっているものからすれば感謝しかないが、興行的な成功ばかりではなく、やはり理想は理想で追求したい。

 GIレースはすべてとは言わない、ひとつかふたつくらいは馬券のあたりハズレに関係なく、心の底から感動できるような勝負を見せて欲しい。そうすれば、一過性の盛り上がりではなく、長く愛される競技になるのではないだろうか。

 そして、平成30年は競馬にとって忘れられないような1年にしてもらいたい。

 欲を言えば、自分にとっても素晴らしい馬券が当たる1年になれば……。

 こちらは祈るだけではなくて、地道に馬を見続けたいと思っています。

 何卒、今年もよろしくお願いします。

美浦編集局 吉田幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。