血統閑談#016 最強馬と人魚の霊力(水野隆弘)

 ジャパンカップG1はイクイノックスの圧勝で終わりました。2着以下は4馬身差でリバティアイランド、更に1馬身差で3着スターズオンアース、3/4馬身差4着にドウデュース、2馬身差5着にタイトルホルダーと、強い馬が強い競馬をして紛れのない結果となりました。強い馬ばかりに大きな着差を付けて勝っていることから、レーティングは相当高いものとなることが予想でき、ドバイシーマクラシックG1で自身が出した[129]を更新する可能性もあります。[130]前後のずば抜けて高いレーティング、つまり、それだけのパフォーマンスを示せるのは普通は一生に一度か一季に一度くらいのものと考えて良く、「何度も[130]超えを記録したのはフランケル」くらいのものだとBHAの引退した首席ハンディキャッパー、フィル・スミス氏は述べています。ともあれ、今回のパフォーマンスでイクイノックスのロンジン・ワールドベストレースホースランキング(以下世界ランキング)の1位は安泰となったのではないでしょうか。
 イクイノックスの母シャトーブランシュは2012年12月に栗東の清水出美厩舎からデビューし、翌年の3歳時に2勝を挙げてローズSG2で2着となりました。4歳時に清水出美厩舎の解散にともない高橋義忠に転厩して9月に条件戦を1勝、、5歳時には1600万下の身ながらマーメイドSG3に勝ちました。3歳時の公式レーティングはローズSG2の2着で[M107]、秋華賞G1の6着で[I107]、マーメイドSG3に勝った5歳時は[I103]でした。マーメイドSG3は近年では荒れるハンデ戦と呼ばれることが多いのですが、別定戦で行われていた初期、1996年から2005年まではエアグルーヴ、エリモエクセル、ヤマカツスズラン、アドマイヤグルーヴ、ダイワエルシエーロといった実績馬が勝ち馬リストに名を連ねていました。また、現在でも軽量馬が台頭して荒れるイメージが強いのですが、レースの格の評価の基準となる「年間レースレーティングの3年平均(2020~2022年)」では[104.33]とそれなりの水準を維持しています。ちなみに、年齢制限のない牝馬限定のG3では愛知杯[104.3]、京都牝馬S[103.92]、中山牝馬S[103.33]、福島牝馬S[103.08]、クイーンS[106.67]、ターコイズS[104.50]ですから、全体に高い水準にある中での平均的な位置を占めているということができます。
 別定戦時代の勝ち馬エアグルーヴはアドマイヤグルーヴとグルヴェイグを生んで2度母仔制覇を達成しました。また、ローズバドはジャパンCG1のローズキングダムを生み、フサイチエアデールは朝日杯フューチュリティSのフサイチリシャールを生みました。ハンデ戦になってからの勝ち馬も、2012年のグルヴェイグはアンドヴァラナウト(ローズSG2)を生み、2013年のマルセリーナはヒートオンビート(目黒記念)とラストドラフト(京成杯)を生みました。そして、2015年の勝ち馬シャトーブランシュはマーメイドSG3勝ち馬の繁殖成績の決定打ともいえるイクイノックスを生みました。マーメイドSG3が名繁殖牝馬の登竜門というといい過ぎで、尾ひれのついた話となってしまうかもしれませんが、重賞としての確かな存在意義を示すものではあるでしょう。
 強い馬が競うから重賞が生まれるのか、重賞が用意されたことで強い馬が生まれるのか、これについては簡単にどちらと決めることもできないかと思いますが、牝馬限定重賞があればこそ、名を上げる牝馬もいるのです。
 シャトーブランシュの牝系はフランス産で社台ファームに輸入された3代母ブランシュレインに遡ります。凱旋門賞連覇のアレッジドの産駒として生まれたのが祖母のメゾンブランシュで、ダートで1勝、芝で3勝を挙げ、クイーンSで3着となりました。そこに凱旋門賞馬トニービンを配して生まれたブランシェリーは芝で2勝を上げました。シャトーブランシュの父キングヘイローは高松宮記念勝ち馬ですが、2歳時(満年齢表記)には東スポ杯3歳Sをレコード勝ちしてラジオたんぱ杯3歳S2着、3歳時は弥生賞3着、皐月賞2着とスペシャルウィーク世代のクラシック路線で活躍しました。その父ダンシングブレーヴはやはり凱旋門賞G1勝ち馬で、インターナショナルクラシフィケーションでは史上最強の評価を受けています。実際のところ凱旋門賞馬の種牡馬としての価値は、シーザスターズを別にすると、日本産馬の血統表の中で守られているとさえいっていいのかもしれません。日本が生んだ世界ランキング1位の名馬の底力を支えていたのは過去の凱旋門賞馬だったという捉え方も、なかなかいい話ではないでしょうか。
 名馬は突如生まれるのではなく、1頭1頭の競走馬、ひとつひとつのレースが、優れたものも凡庸なものも長い時間をかけて幾重にも積み重なった結果なのだということが想像できます。

水野隆弘(調教・編集担当)
昭和40年10月10日生まれ、三重県津市出身
1988年入社。週刊誌の編集、調教採時担当。南方熊楠に「人魚の話」という一文があり、シレンス(セイレーン)からジュゴンまで古今東西の人魚の話が収集されていて、肉を食べて800年生きた話やら骨の薬効やら、アンデルセンやディズニーによって作られたのとは大きく異なるイメージがたくさん出てきます。それにしても、なぜ人魚を競走名にしようと思いついたのでしょうか。オスの人魚だっているでしょう。(ダメとはいっていない)