昨年夏の札幌出張中、どうしても銀ダラの西京焼きが食べたくなっていてもたってもいられなくなった。
刺身は正直食べ飽きていたし、焼き魚も塩が効いているやつじゃなくて、あのほのかに甘く脂の乗った銀ダラの西京焼きが食べたくて仕方ないのである。
発作が起きたのはお盆を過ぎたあたりだったか。
水曜日の調教終わりから銀ダラの西京焼きが頭から離れなくなって、ホテルに帰ってくると近くで銀ダラを出している店を調べて単身ゴー。
正確にはシャワーを浴びてベッドに寝たのだが(胃が疲れるので平日は夜食べないことが結構ある)、我慢ならんとむっくと起きて着替え、また出かけたのである。
ただ、8月上旬なので観光客がわんさかいて、その飲食店は満席。その落胆たるや。
徒歩15分くらい、すすきののど真ん中にもう一軒あるっぽいのだが、さすがにそこまで行く気力がなく、
泣く泣くコンビニで焼き魚と鯖の味噌煮のパックを買って一応の欲は満たした。
しかしやはり銀ダラを諦められず、ランチで行けそうな札幌競馬場周辺の定食屋を探しまくって、良さそうなお店を一軒発見。
比較的時間に余裕のあるいつかの金曜日に、競馬場から車で10分ほどのところにある定食屋へ向かった。
リサーチによると銀ダラ定食は1日数食限定らしいが、電話予約が可能とのことで開店時間に合わせて確保。2000円近くの強気設定だから懐に響くが、この際仕方がない。期待が膨らむ膨らむ。
近くのコインパーキングに駐車していざ入店。
カウンター少しに、座敷が5卓くらいの小綺麗な店内。
店員はタトゥーが入ったコワモテの店長らしき人、コワモテの奥様っぽい人、寡黙に作業する若い男性、そして還暦は優に超えているであろう上品な女性の計4人。
大学時代の5年間はずっと飲食店でアルバイトをしていて接客もキッチンも経験しているので、自然と店内の様子を目で追ってしまう癖がある。
その店は雰囲気的に女性2人が接客担当かなと思っていたら、上品な女性が1人で担当しているようだった。
人気のある店で、私が最初の客として入店して以降、絶えずお客さんが入ってきてすぐに満席状態。
ベテランかと思われた上品女性はどうやら働き始めて日が浅いらしく、そもそも飲食店というものにも慣れていない様子で、はたから見ても焦っているのが分かる。
そしてコワモテ店長の上品女性への当たりが強いのだ。
年齢差がかなりあるはずなので一応敬語こそ使っているが、目つきや言葉の圧が強い。
コワモテが実は優しいパターンではなく、本当に怖いパターンだった。完全に私の主観ではあるが、たぶん性格が良くない。
料理の配膳にあたり
上品女性「これはどちらの料理ですか?」
コワモテ「Cの○番です」
上品女性「カウンターでしたっけ?」
コワモテ「Cの○番」
いやそこは「はい」か「カウンターです」で答えるところだろうと心の中でツッコミを入れた。「C」がカウンターなのか座敷なのかを上品女性が忘れていることは明白だからだ。たとえ上品女性が過去に何度も忘れていたとしても「Cの○番」と答えるより「はい」と答えた方が早いのに。
とにかくこのやりとりに表れているようにコワモテの醸し出す雰囲気が険悪で、客としては居心地があまり良くなかった。やりとりが近くで聞こえるカウンターに座っていたというのも大きいだろう。
ご飯のおかわりができるので頼みたかったのだが、上品女性の手が空くタイミングをネズミのような小さな一口で漬物を齧りつつ待つしかなかった。
確かに料理は美味しかった。こだわりが強くて、料理への集中力が強くて、スタッフへも厳しくなっている可能性は大いにある。
営業が終わったら店員同士ほがらかな時間を過ごしてほしいなと思って店を出た。
競馬場へ帰る車中で考えた。
自分も必ずいつかは老いて、満足に動けなくなったらどうしようと。慣れない仕事に就かなければならない状況になったらどうなるんだろうと。
現に今でも衰えは感じる。
普段担当している栗東坂路は、特に水曜日にとにかくたくさんの追い切りが来る。
それでも20代の頃は特に苦労することもなく捌けていたのだが、今は作業が追いつかなくなることがたまに出てきた。
頭では騎乗している騎手が分かっているのにそれをペンを持つ指先に出力できなかったり、併せ馬で内外どちらが遅れていたのかすぐに忘れたり。去年の10月に調教ゼッケンが一新されて見づらくなって以降、目視で控えたゼッケンの4桁の番号が1つも合っていないということなんて多々ある。「5109」→「3490」みたいに。どうやったら間違えるのか自分でも不思議だが、実際に間違えているのである。瞬発力が衰えている。
トラックマン業界はどの会社も毎年若手が入ってくるような環境ではないので、35歳の今でも相対的に若手ではあるのだが、ちょっと前にできていたことができなくなっているのでもどかしさを感じる。
馬名もまったく出てこなくなった。厩舎名や勝ったレースは覚えていても、馬名がとにかく出てこない。
人生の先輩方からすれば35歳なんてまだまだ若いと思われるだろうし、実際にまだ若いのだろうが、たとえばスポーツ選手など瞬発力を要求される職業ではベテランといわれる域ではある。
衰えに対抗するために何をすべきか具体的には分からないが、とにかく体力と気力のあるうちにたくさん仕事をして自分のキャパシティを広げるしかないのではないかと思う。
競馬とほとんど関係なくなってしまったが、たまにはエッセイ風なものも書いてみたいと思った次第。
先週水曜日の栗東坂路がものすごく忙しくて不安になったとき、なぜか札幌の定食屋の上品女性のことを思い出したので書いてみた。
このコラムでそのお店が特定されることはないだろうが、味は一級品だったので行って損はないと思う。
もし上品女性がまだ働いていたら、頼もしく成長していることでしょう。
今年の夏も札幌での仕事があればまた立ち寄ってみたいと思う。
ちなみにそれ以降銀ダラの西京焼きは食べていない。
何だったんだろう一体。
栗東編集局 丹羽崇彰
丹羽崇彰(調教担当)
1989年2月1日生まれ。岐阜県出身。2013年、キズナがダービーを勝った年にケイバブックに入社。普段は栗東坂路の調教や編集作業を担当。夏は北海道(函館→札幌)で働いてます。
学生時代は入学式の前にやきとり屋でのアルバイトが決まり、夏休みは最大14連勤なんてしてました。そこのマネージャーとそりが合わず(人生で唯一デスノートを使ってやりたいと思ったヤツ)、大学2年の後半からは駅ビルに入っている韓国料理のお店にチェンジ。そこで競馬と出会うことになります。楽しかったなぁアルバイト。
なぜ大学に5年も通ったかは聞かないお約束。