「調教短評」というものがあることをご存知でしょうか。

 競馬ブックWEBや当日版の調教欄をご覧になったことのある方なら一度は目にしたことがあると思います。追い切り時計と一緒に記されている「抜群の動き」や「気配今ひとつ」などの短めのコメントのことです。

 調教時間が終了したあと、時計班がまず行うのがこの短評を入れる作業です。全馬分を時計班数名で手分けして、各々が馬の動きを見て感じたことに近い短評を入力していきます。競馬ブックにはその調教短評が何と600種類以上も!

 正直、こんなにたくさんは必要ないんじゃないかと思いますし、「コレとコレ被ってないか?」と思うものもいくつかありますが、似ているものでも「こう感じた時はコレ、こう感じたらコレ」というように各トラックマンによって基準みたいなものがあります。感覚の問題ですし、決して社内できっちりと統一されているわけではないので、あくまで個人個人の中で、です。かと言って、短評である以上、そのニュアンスを伝えるのは限界があります。それに、「動き絶好」みたいにインパクトのある短評なら分かりやすいですが、そうでない短評も多いです。読者の方も「この調教短評っていいの?悪いの?」とか「コレとコレ、どう違うの?」といった疑問を抱くことがあるのではないでしょうか。

 そこで今回は、私の場合の「微妙な」調教短評のニュアンスをいくつか紹介したいと思います。札幌開催中の函館調教馬の約半分は私が入れた短評なので、「この馬の短評はきっと唐島がこういう思惑で入れたんだな」みたいに考えて頂けると、より裏函調教馬の気配の良し悪しが伝わるのではないかと思います。

 

「渋太さ目につく」・・・これは併せ馬で強めや一杯に追った馬によく入れます。脚いろが馬なりだった馬にはほぼ入れないです。そこまで凄く良くはないし、手応えは劣勢だけど、追う毎にジワジワと伸びていたな、という中の上くらいのニュアンスです。もう少しいいと思ったら「追って伸び上々」や「格上馬に食い下がる」などを入れます。

「単走だけに上々」・・・これも中の上くらいのニュアンスです。基本、併せ馬の方が馬は走る気になりますから、単走でも前向きに走れていていいな、と思ったらこれを入れます。もう少しいいと思ったら「スピード感十分」や「軽快さ目立つ」などを入れます。

「重心の低い走り」・・・これは基本的にはいいニュアンスで入れます。走りにブレがなく、スピード感があって格好良く見えますから。ただ、パワプロの青赤の特殊能力みたいなもので、馬によっては悪い場合もあります。ハミにぶら下がっているだけだったり、前傾姿勢で走っているだけで重心が低く見える馬だと、競馬に行って追って案外になるケースもあるからです。ただ、もっとメリハリがなくてワンペースだなと思ったら「一本調子の走り」を入れます。

「動きキビキビ」「小気味いい走り」・・・これも青赤の特殊能力みたいなもので、いい面と悪い面があります。この短評を入れる馬は基本的にピッチ走法なので、小回りだったり、重馬場だったりするとプラスに働きますが、広いコースの良馬場だと少し不向きになる可能性もあります。ただ、フットワークの回転数が速いのはいいことでもあるので、ポジティブなニュアンスと捉えてもらっていいです。もっと身のこなしが小さくて悪いと思ったら「やや走りが硬く」などを入れます。

「動きだけは文句なし」・・・動きだけは、って少しトゲがあるように感じられるかもしれませんが、これはかなりポジティブな意味合いです。時計班として馬券を買いたい馬はこれを入れます。実戦でもうひとつだし、人気もしないだろうけど、攻め駆けするし絶対いつか走るはずだ、と思って入れるからです。この短評を入れた馬がレースで勝てばガッツポーズです。もし、もう実戦で期待するのはやめようと感じたら「攻め常に動く」や「攻めは動くが」を入れます。

「元気一杯」・・・近走着順が悪くなく、使い詰めでも耐えている馬に入れます。類似短評は「疲れなく」です。どちらかと言うと、へこたれずによく頑張ってるね、みたいなタフさを称えるニュアンスで、動きは普通の場合が多いです。近走着順が悪ければ「元気はいいが」「上積み薄」などを入れます。

「好調持続」「高いレベルで安定」「好気配保つ」・・・近走成績が良くて、休み明けではなく、動きは前走と同程度、というニュアンスで入れます。動きが凄くいいと感じたら「目下絶好調」「上昇一途を辿る」「更に上昇」「ますます快調」などを入れます。

「好馬体目につく」「馬体は上々」・・・これは一見プラスの意味に捉えられそうですが、私の場合は馬体の雰囲気はいいけど動きは普通だな、というニュアンスで入れています。動きが悪ければ「馬体はいいが」、動きが良ければ「馬体充実動き目立つ」「馬体気合共に絶好」「体も動きも良く」を入れます。

「このひと追いで良化」・・・休み明けで中間の動きは少し鈍かったけどレースの週にようやく素軽さが出てきたな、間に合ったな、というような及第点の仕上がりの馬にはこれを入れます。もっと動きが良ければ「仕上がり良好」、微妙な線なら「まずまず仕上がる」、もうひとつだなと感じれば「もうひと追い欲しい」「まだ少し重め」を入れます。

 

 もっとたくさんの種類の短評がありますが、長くなるのでこのくらいで終わりにします。人によって短評を入れた思惑は違うでしょうが、たかが短評されど短評です。分かりづらく伝わりづらい馬の攻め気配ですが、少しでも我々のイメージを読者の皆様と共有できたら嬉しいです。

 

 

美浦編集局 唐島有輝

1993年7月11日生まれ。2017年入社。ちょうど今週から函館調教の担当になります。北海道での調整とはいえ、札幌までの輸送があるわけですから、正直時計班としての競馬の面白さは表開催と比べると少し劣りますが、それでも重賞を使う馬の多くが調整されますし、競馬ブックTMで裏函にいるのは私だけなので、しっかりと各馬の状態をジャッジしていきたいと思います。ちなみに北海道滞在中によく食べるもの第1位はセイコーマートの「北のポテトサラダ」です。