去る7月2日函館10Rをクライミングリリーで制して国枝調教師はJRA史上15人目、現役では唯一人の通算1000勝を達成した。途方もない大記録で1000勝をひとつ、ひとつ振り返ってもらうのがベストなのかもしれないが、時間的には無理があり、せっかくの機会なので過去のG1勝ち馬を中心に師自身にここまで歩みを振り返ってもらった。勝ち馬だけで9頭。計22勝しているので今回と次回の2回に分けて掲載させていただくことに。

 まず、初GⅠ制覇になったのが開業10年目の1999年のスプリンターズSを勝ったブラックホーク。「この馬はキーンランドのジュライセールで吉田勝己さんの勧めで金子真人さんが購入されてうちの厩舎にくることになりました。血統面もあってデビュー以来、マイル路線を歩んでいました。5歳春にはダービー卿CTで重賞を勝ったのですが、なかなかGⅠタイトルまでは届かなくて何度かコンビを組んだ横山典騎手の助言で5歳暮れのスプリンターズSで初めて1200mを使ったらそれまでの甘さをカバーして勝ってくれました。ただ、その後は高松宮記念を2回、スプリンターズSを1回使ってもまた勝てなくなりました。そこで金子オーナーの要望で再びマイル路線に安田記念を使おうとなって思い切ったレースをしてほしいとリクエストがあったのです。結果的にそれが引退レースになったのですが、直線だけの競馬で差し切ってくれました。その後のオーナーとの関係からもこの馬で結果がでたのは大きかったです」今ではG1の常連になっている金子オーナーの出発点になった馬を師が管理していたというのも不思議な縁を感じさせる。

 次は2007年にNHKマイルを勝ったピンクカメオ。「ブラックホークの妹でセールで金子オーナーが購入されてうちの厩舎に来ることになりました。3歳春の桜花賞には出走しましたが、14着でその後はオークスを考えていましたが、オーナーの要望でもう一度、マイルを使おうとなって相手は強くなるのですが、牡馬相手のレースを選択しました。このレースにはもう一頭、マイネルシーガルという馬も出走していたのですが、私は当時調教師会の役員をしていて次の週に新潟で会議があり、前日の新潟大賞典にサイレントプライドが1番人気で出走したのもあり、新潟に出張したのですが、道悪を苦にせず、凄い脚を使って勝ち切ってくれました。これは嬉しい誤算でした。また、中央に移籍前の内田博騎手の初GⅠ勝ちだったのも記憶に残っています。ただ、その後は勝つことができず、また繁殖入りしてから子供達があまり活躍できなかったのは残念でした」馬主さんが金子真人さんで国枝厩舎の管理馬、内田博騎手と終わってみれば勝たれておかしくない組み合わせで当時はブービーの17番人気の評価を覆したのもおかしくなかったのかも。

 そして3頭目が同じ2007年に有馬記念を勝ったマツリダゴッホ。「母のペイパーレインがナリタトップロードのきょうだいにあたる血統で筋は通っていたし、3歳時にも青葉賞やセントライト記念をつかったのですが、もう一歩届かず、クラシックには縁がなかったのです。ただ、古馬になって力をつけて4歳になってAJCCとオールカマーを勝ったのですが、秋の天皇賞で惨敗。半信半疑でしたが、有馬記念では3分3厘から早めに動いてそのまま押し切ってくれました。その後も日経賞を勝ってオールカマーを2勝。とにかく中山コースが得意で鬼と言ってもいいくらいでした」馬主さんは高橋文枝さんで生産が岡田スタッド。秋にはタイトルホルダーで日本馬初の凱旋門賞制覇に挑むオーナーブリーダーでこの馬にも今につながる育成方針が垣間見える。

 更に続くのが2009年春の天皇賞を勝ったマイネルキッツ。「母のタカラカンナは道営出身の認定馬でしたが、うちの厩舎で活躍して5勝してくれました。その後、ビッグレッドで繁殖入りして子供が産まれたのは知っていたのですが、私が血統のことを知らずに見せてもらって牧場にいる時にいい馬だと感じてあとで聞いたらタカラカンナの血統ということで預かることになりました。デビューは2歳秋でしたが、早い時期から活躍するタイプではなくて勝ち上がるのに時間がかかりましたが、6歳春に日経賞で2着になり、天皇賞へ向かうことになり勢いに乗って勝ってくれました。翌年も連覇を目指しましたが、ゴール前で捕まって2着でした。そのごも長く頑張ってくれました」父がチーフベアハートの長距離馬で今の厩舎のイメージには合致しないが、個性派の一頭だろう。

 そして前半のハイライトと言えるのが三冠牝馬アパパネ。「母のソルティビッドも金子オーナーの所有馬でうちで管理していたのですが、短距離で3勝しました。その仔も預かっていたのですが、今ひとつ活躍できなかったのです。ただ、3番仔になるこの馬はオーナーも牧場時代から好評価をしていて期待していました。阪神JF勝ちから牝馬三冠勝ち。名牝と言っていいですね。そして最後のGⅠ勝ちになったのがヴィクトリアマイルでブエナビスタを負かしたものです。これは蛯名騎手(現調教師)のファインプレーでしたね。母になってからもアカイトリノムスメが活躍してくれたし、うちの厩舎で果たしてくれたことは大きかったですね」アパパネが三冠を制したのは2010年だったが、その前の2009年はG1勝ち数で関西18勝に対して関東は僅か4勝と圧倒的に劣勢だった時期だった。その中での活躍で国枝ブランドを全国区に高めた功労者と言っていいだろう。

美浦編集局 田村明宏

田村明宏 (厩舎取材担当)
昭和46年6月28日生 北海道出身 О型