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つい先日「映画を早送りで観る人たち」(稲田豊史/光文社新書)を読みました。

この本を手にした理由は立ち寄った書店で推されていたからと、インパクトのあるタイトルに興味を持ったからでしたが、あまりの内容の面白さに、その日のうちに一気に読み終えてしまいました。特に面白いと感じたのは以下の2点の現代人の特徴です。

①タイパ至上主義

②オタクは敷居が高いから推しになる

まず①について。

最近、映画やドラマを倍速視聴、もしくはつまらないシーンを10秒飛ばしで観る若者が増えているそうです。それに対して違和感を持っている著者はいくつかの背景があるのではないかと主張していますが、特に私が納得したのが、「コストパフォーマンス(コスパ)やタイムパフォーマンス(タイパ)を追求する人が増えた」という指摘です。「タイパ」とは「コスパ」の時間バージョン。現代人はお金も時間もなく、一方で仲間同士の話題に遅れることなくついていかなくてはいけません。もし駄作に当たってしまったらお金や時間の無駄。できるだけ短時間で効率良く内容を把握したい、と考える人が増えているようです。著者はこれを「タイパ至上主義」と表現しています。私は映画を早送りで観る習慣がないので最初は自分のことを著者側の人間だろうと思っていたのですが、読み進めているうちに「早送りする側」の意見にも共感できるなと感じました。

また、失敗したくないからこそ、その予防策として作品を観る前にネタバレサイトをチェックしたり、解説動画を見たりする場合もあるそうです。

そういえば以前こんなことがありました。同い年の知人と話していたのですが、彼はアーティストのライブに行く際に、セットリストをネタバレサイトで事前にチェックするそうです。私はひっくり返るくらい驚きましたし、信じられませんでした。なぜなら「どの曲が最初に来るだろう」とドキドキワクワクしながら始まるのを待ったり、「この曲普段あんまり聴かなかったけど、生で聴くと結構いいな」とか「この流れで△△が来たということは、次の曲は□□か××あたりかな」とか「そろそろもう終盤かな。寂しいな」とかをその場その場で感じるのがライブの醍醐味だとばかり思っていたからです。当時彼の言葉を聞いて「えー?!だってライブって・・・」と自分の意見を凄い剣幕で捲し立ててしまいましたが、この本を読んで彼の意見にも一理あったのだとようやく理解できました。「もし知らない曲が出てきたらストレス」=「失敗」=「タイパが悪い」ということだったのです。あの時、少し自分の価値観を押しつけ過ぎたかなと反省しました。

そして②について。

ひと昔前と違って今は「オタク」という言葉に対してマイナスなイメージはなく、むしろ個性をアピールする材料として使われているようです。そういえば「私は○○オタクです」と自己紹介する若手テレビタレントも増えているような印象があります。ただし、「オタク」は若者たちの憧れになっている一方で、怖さを感じる対象にもなっています。その原因がSNS。ちょっとでも浅い知識で発言しようものなら、いわゆる「ガチオタ」から猛烈な批判や訂正を受け、「にわか」の烙印を押されてしまいます。本の中では「自分の上位互換を目視できてしまう地獄」と書かれています。うまい表現だなと思いました。

かと言って簡単に「オタク」にはなれません。なぜなら自他共に認める「オタク」になるのは時間がかかるので「タイパが悪い」から。では、「そこまで詳しくはないけれど好き」という場合はどうすればいいか。そこで誕生したのが「推し」という言葉です。「推し」なら「応援している」とか「ちょっと興味がある」という程度でも気軽に使えます。そして彼らが物事を広く浅く知るための手段のひとつに倍速視聴があるのではないかと著者は考えています。

まとめると映画は「観るもの」から「知るもの」に変わっているということです。人々が置かれている立場や時代背景によって作品への向き合い方も変化していくのでしょう。

そして、これは決して作品だけが対象の話ではありません。

 

すいません、ここまでは前置きです。ここから競馬の話になります。競馬に対するファンの向き合い方も変化していくのかもしれない、というのが本題です。

競馬記者がこんなことを書くのは変ですが、競馬は「タイパ」が悪い趣味です。第1レースが始まるのが10時、メインレースは15時半、最終レースが16時。私たちコアなファンはまったく思わないでしょうが、「せっかくの休日のほぼ丸1日を競馬に費やしてしまった。しかも馬券でやられてしまった。何もかも損だ」となる人も今後出ないとは限りません。極論ですが、もしかしたら競馬場で1日過ごすという事自体が時代遅れになってしまうのかも。なぜなら、例えば早々とネットで馬券を買って、昼間は他の趣味に充て、夜の暇な時に全レース早送りで(もしくは結果のみ)チェックする、という方がよっぽど「タイパ」がいいからです。

コアなファンからすれば、「結果だけ知って何が楽しいのだろう」「レースの展開やジョッキーの駆け引きを見るのが楽しいのではないか」と思うはずです。ただ、今は映画を「楽しむ」より「知る」を求める人が増えている時代です。「レースなんてどうでもいいから早く結果を」と考える人が増える可能性もあるのではないでしょうか。もちろん、今は平気です。大逃げしたりマクッたりする馬がいると場内はドッと沸きますし、その盛り上がりを聞くと「レースを楽しんでくれているな。まだ大丈夫だな」と安心できます。ただ、これからもずっとこのままだという保証はどこにもありません。「映画を早送りで観る人たち」に向けての新しい考え方もこれから必要になってくるのではないでしょうか。

主催者側に関しては徐々に変化してきた印象があります。実際、JRAレーシングビュアーにはレース映像の早送りやスキップ機能があり、その上、最近12R分のダイジェスト映像も見ることが可能になりました。これは現代のニーズに合わせているからのはずです。

ではこのコラムを読んでくれている物好きな(←失礼)コアな競馬ファンができることは何でしょう。一番簡単にできることは「にわかを攻撃しないこと」でしょうか。今の若者が最も恐れていることはマニアやオタクからのマウンティングです。こちらからしたら親切で教えているつもりでもライト層は萎縮してしまうものなのです。

そういう意味では競馬専門紙業界も少し変化が必要かもしれません。競馬をあまり知らない人からしたら、データ量が膨大で言葉も難しい専門紙はかなり敷居が高いはずです。もちろん、我々が一番大切にしなければいけないもの、今の専門紙を支えてくれているのはコアなファン層です。ただ、それぞれが同じ層ばかりを相手にしてしまうと、専門紙同士がお互いの首を絞める危険性も生まれてしまいます。ライト層向けにハードルを下げた新たな専門紙の誕生も今後必要になるのではないでしょうか。

別にいいじゃないですか、競馬の価値観や向き合い方が自分とは違っていても。できるだけ相手に寄り添ってあげて、あわよくばその数パーセントが競馬オタクになってくれる。時間はかかるかもしれませんが、私たちが大好きな競馬がずっと続いてくれるなら、それだけでも御の字のはずです。

 

美浦編集局 唐島有輝
1993年7月11日生まれ。2017年入社。美浦時計班坂路担当。このコラムは2カ月間隔で担当になりますが、いつもネタが浮かばずに悩んでしまいます。今回はたまたま期限日の2日前に書店に寄ったおかげで滑り込みセーフでアイデアが湧いてきました。今まで読書はあまりせず、学生時代に東野圭吾作品を読んでいたくらいでしたが、これをきっかけにもっと本を読もうと思います。ちなみに、好きな東野小説第1位は「白夜行」です。