2022年12月24日、クリスマスイブ。ひとつの時代が終わりを告げた。

 

オジュウチョウサン引退。

 

 言わずと知れた障害の絶対王者。JGⅠ9勝を含む重賞15勝、障害レース13連勝という金字塔を打ち立てたレジェンドがラストランを終え、現役生活にピリオドを打った。

 

 2013年10月、美浦・小笠厩舎からデビューして平地で2戦、障害で1戦。なかには知らない方もいるかもしれないが、障害の絶対王者も初めての障害レースは14頭立て14番人気の14着。通過順位は(⑭⑭⑭⑭)。勝ち馬からは何と13秒7差、前の13着馬からでさえも8秒7差と、ただ後方をついて回っただけの大敗も大敗だった。

 

 その後、和田正一郎厩舎に転厩。ご存知、長沼厩務員と出会い、この頃から筆者も厩舎担当として取材をするようになった。類まれな心肺機能と背中の良さ、飛越のセンスを持ちながら当初は前向きさに欠けて苦心する日々。ブリンカーをチークピーシズに換え、メンコの耳を外し、スタッフと騎手が様々な工夫を凝らしながら、やがて王者はその才能を開花させていく。転厩後3戦目で初勝利を挙げると返す刀でオープンを連勝。転厩6戦目で最大のパートナーとなる石神騎手とのコンビを結成し、初めてのJGⅠ挑戦となった2015年中山大障害は6着。アップトゥデイトから4秒3離されてしまったが、大障害コースを上手にこなし、終いまで伸びるスタミナを見せた内容に確かな手応えを感じることができた。

 

 翌年、2016年の中山グランドジャンプでJGⅠ初制覇を飾ると、そこからはもう止まらない。連戦連勝。特に「あの時は最高のデキで絶対に負けないと思った」と今でも長沼厩務員が語る2016年の中山大障害は圧巻。前年は手も足も出なかったアップトゥデイトに9馬身の差をつけて逆転して見せた。

 

 その後、平地を含め連勝は11まで伸びる。特に驚かされたのは2017年秋の東京ハイジャンプだった。この時は剥離骨折明け。和田正一郎調教師が「いい頃と比べるとまだ良くなる余地がある」、長沼厩務員も「カイ食いが良くなくて、どうかなと思った」と話しており、さすがに苦戦を覚悟したが、終わってみれば大差の圧勝。本調子になくても勝った、勝ってしまったのだ(実際、この時の新聞の談話はその感触からGⅡ戦ながら◎の話ではなく〇としていた)。筆者が「本当に凄い」と感じたのはこの一戦で、もう負ける姿は想像できなかった。

 

 この頃には厩舎のどの馬よりも調教で動くようになっており、当時在籍していた平地重賞勝ち馬をアオッていたくらい。それだけに有馬記念に挑戦した時も本気の本命◎。よくやったのは間違いないが、単勝馬券を大きく購入し、それだけの大仕事ができると思っていただけに、敗れて連勝が止まった時は悔しかった。

 

 JGⅠタイトルを2つ積み重ねた後、2020年秋からは障害で3連敗。「オジュウチョウサンは終わった」……そんな風に囁かれながらも、見事な復活劇を果たしたのは以前コラムに取り上げた通りだ。

(「沈まぬ太陽」https://column.keibabook.co.jp/trrepo/4055/

 

3連敗からの復活を果たした2021年中山大障害

 

 そして翌年。「何とか10個目のGⅠタイトルを!」そう願って迎えたラストラン、昨年暮れの中山大障害。前走の東京ハイジャンプで9着と敗れていたが、これまで幾度となく逆境を跳ね除けてきた馬。「前走時よりも状態、仕上がりはいいから、何とか頑張ってほしいね」と長沼厩務員。もう一度復活を、奇跡を期待したが、残念ながら直線で力尽きた……。勝ったのはオジュウチョウサンが初めてJGⅠを勝った2日後に産まれたニシノデイジー。いつの時代にも訪れる、鮮やかな世代交代劇だった。

 

ラストランを2週間後に控えた2022年12月8日の馬房にて
11歳馬ながらメンコを外した素顔はどこか幼く、かわいらしい(12月8日撮影)

 

 引退式で長沼厩務員は「離れたくないです」と語り、多くの人々の胸を打った。後日トレセンでお会いしたので話を聞くと「実は何も考えてなくて。本当に思ったことをポッと言っただけなんだ」と語っていたが、これこそ作ったものではない嘘偽らざる本音。近くにいた別厩舎の某調教師も「良かったよ。心を打たれた。無事に送り出せて何よりだったね」と偉大なる人馬を労った。

 

 いつもいつも順風満帆だったわけではない。2度の骨折もあり、状態が本当でない時もあった。それでも王者は勝ち続けた。陳腐な表現になってしまうが、本当に凄い馬だった。今後は種牡馬として余生を過ごし、第2の馬生が始まる。それでも、絶対王者の物語・第1章はここに無事完結した。

 

12月24日ラストランの後に行われた引退式にて

 

赤塚俊彦(厩舎取材担当)
1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。美浦編集部。

Twitterやってます→@akachamp5972

 

 先週、オジュウチョウサンは生まれ故郷の坂東牧場に帰りました。現在は種牡馬生活を送れる牧場を探しているようです。

 そして先日発表された2022年のJRA賞。2つのJGⅠに出走して1勝したオジュウチョウサンか、はたまた直接対決で勝っているニシノデイジーか。最優秀障害馬の行方が気になりましたが、結果はオジュウチョウサンが5度目の選出。次点のニシノデイジーとは僅か1票差でした。

 記録尽くめの馬にまたひとつ勲章が追加されました。贔屓目を抜きにしても日本の競馬史に名を残す1頭と言っていいでしょう。これだけの馬を長年取材できたこと、近くで携われたことを誇りに思います。