今回のテーマは「息遣い」についてです。
 「いやいや、そんな事わざわざ書かなくても知ってるよ」という方は今回のコラムは読む必要はありません。そこまで深く考察しているわけではないので。ただ、私自身、息遣いについて意識し始めたのはつい最近でした。小さい頃から競馬が好きで、割と詳しい方だと自負していたのに、です。競馬ファンの中には私と同じように、「ワードとしては知っているけど、そんなに考えたことないかも」という方、結構多いのではないでしょうか。そういった人には読んでもらいたい話です。なかなか面白いことが書けたと思います。

 私が息遣いについて意識したきっかけは、初めて函館に出張した昨年夏の事でした。
 
 先週の丹羽TMのコラムにも書かれていましたが、水曜日では馬をじっくり見ることはできないため、時計を出す馬がほとんどいない火曜日は貴重な情報収集の時間になります。美浦時計班の私がそこで特にチェックするのが関西の2、3歳馬。普段馴染みのない馬ばかりですし、どういう馬がいるのか確認するわけです。角馬場での運動の様子を見て、馬体や動きが目立つという馬がいれば即座にゼッケン表で馬名を調べます。例えば2歳馬なら「○○は初戦から楽しみだな」とか、3歳馬なら「△△ってこの間重賞に出てた馬だったな」とか、「やっぱり関西馬は違うなー(笑)」とかいろいろ考えます。
 そして目に留まった××という馬。父母を見るといわゆる超良血馬でした。「血統がいいと馬もいいな」と一瞬のほほんとしかけましたが、ふと「あれ?××ってどんな馬だったっけ?」と競馬ブックWebで成績を調べました。するとデビューして1年近く経つのに未勝利、それも2、3着ばかりとあと一歩のレースが続いている馬でした。最初に思ったのは「やっぱり競馬は勝負事。いくら素質はあっても勝てるとは限らないんだな」くらいのもの。ただ、××がWコースでキャンターに移ると印象が一変。「ケホケホ」と乾いた咳のような音が聞こえてきました。

 これが「息遣いが悪い」ということです。

 ××の過去の陣営のコメントに「ノドの状態があまり良くなくて」とあったので、この件に関しては自分だけの情報ではなかったのですが、それでもこの馬のおかげで調教や競馬の見方がひとつ変わるきっかけが作れました。
 そしてその日のうちに現れたもう1頭の息遣いが悪い□□という馬。この馬は関東馬だったのでゼッケン番号と馬体の雰囲気で「あぁ、あの馬か」とピンと来ましたが、□□は調教では抜群に動くタイプで、いつ勝ち上がっても不思議なかったのですが、この馬も××と同じく2、3着が続く3歳未勝利馬でした。
 
 ここが自分にとっての面白ポイント。
 
 馬体が良かったり、稽古で動いたりと、××も□□も素質は間違いなく高かったはずです。そして必ず上位争いしてくる。でもやっぱり勝ち切れない。
 ひとつひとつのレースには展開であったり、馬場状態であったり、その馬以外の敗因が考えられますが、何戦もしていつも2、3着ばかりということは、その馬自身に何かしら要因があるはずなんです。よく使われるのが「決め手不足」という言葉。私もよく使いますが、何かぼんやりしていて、バチッとこない。ただ、息遣いというものに触れてみて、そのあたりの引っ掛かりがストンと落ちた感じがしました。
 大体のレースでラスト1Fはタイムがかかります。後ろから伸びてきているように見えても、実は失速していることが多いのです。つまり、勝ち切るには最後の最後の一番苦しい時にいかに踏ん張れるかどうかが重要ということになります。息遣いが悪いと、そこの部分で差が出てしまうのでしょう。

 ここで要注意なのは、「息遣いが悪い」と「勝てない」は必要条件でもなければ十分条件でもないということです。息遣いが悪くても勝てる馬はいますし、勝てない馬が全頭息遣いが悪いわけではありません。ただ、先の例の××や□□の敗因として、息遣いが自分の中ではうまく消化できたし、興味深かったというだけのことです。
 また、当然ですが追い切る毎に息遣いが良化するパターンもあります。やはり休み明けだとどの馬も少々息遣いが荒いものです。考えてみれば人間も一緒で、運動不足の人がいきなりランニングをしたら、ちょっとした距離でもすぐ息が上がってしまいます。それがレースの週にはスムーズに呼吸ができるようになっていて、そういう馬を見ると調教師の仕上げの手腕が感じられます。

 ちなみに、なぜ函館に来るまで息遣いを意識していなかったかというと、競馬場では屋外で調教を見るのでちょっとした音でもクリアに聞こえるのですが、それに対して普段勤務しているトレセンのスタンドは屋内だから。美浦では息遣いはおろか、馬の駆ける音すらあまり聞こえません。たまに油断していると馬が来たことすら見逃しそうになるほどです。残念なことに、トレセンのスタンドは防音設備が完璧なんです(笑)

 ここまで読んでくれた方の中には「現場の記者は分かるかもしれないけど、生で調教を見れない一般のファンはどうすればいいのよ」と思う人もいるでしょう。確かに全馬の息遣いを攻め解説に書くのはほぼ不可能です。でも一般のファンにも息遣いチェックのチャンスがあります。
 それが返し馬です。
 よく耳を澄ますと、馬によって違いますが「ブヒブヒ」とか「ゼーゼー」とか聞こえてきます。それを確認するだけでもかなり違いますが、もう一歩踏み込むなら「前回聞いた時との比較」をしてみてください。これはオススメです。前回息遣いが悪くても勝った馬なら、今回悪くても気にせずOK。逆に、前回よりも悪くなっている人気馬がいれば、金額を減らすとか、もしくは思い切ってバッサリいってもいいでしょう。勝つ馬が分からないのが競馬の難しさですが、これをするだけでも回収率アップの効果は絶大のはずです。

 ささやかですが、私からの北海道土産、ぜひ受け取ってください。

美浦編集局 唐島有輝

唐島有輝 1993年7月11日生まれ。2017年入社。調教班。今夏も縁があって函館滞在になりました。そういえばトレセン通信の担当になってちょうど1年が経ちます。これまでずっと苦痛でしかなかったのですが、今回はすぐテーマが決まったこともあり、初めて楽しく書けました。やっぱりこの地にいると、活力が違いますわ。日本で好きな場所第1位はもちろん函館です。世界第2位です。世界第1位はサンマリノです。「世界ふれあい街歩き」で一目惚れしました。行ったことはないですが。