気がついたら1年以上映画館に行ってなかった。

 世間的に言えば“気の緩み”と言われかねない自分でも、映画館は何となく敬遠していたのかもしれない。

 季節も良くなり、散歩ついでに行けないか?とスマホで調べたら、見たかった映画がまだやっている。それも運動にはちょうどいい距離の映画館。

 半袖でも十分なほどの気温になった翌日、ぶらぶら歩いて映画館まで出かけてきた。

 平日昼間の単館上映系の映画館。人はまばらで、列には自分一人。全体でも10人いるかどうかといった状況。

 これなら感染のリスクも低い。何より、他人を気にせず集中して見れるのがいい。

 そして予告編が始まるとコロナ前の感覚が徐々によみがえってきた。大画面と大音量で見れる喜び、家で見るのとはひと味違う雰囲気をびっしり2時間ちょっと楽しませてもらった。

 予告編。この効果はいろいろあるのではないかと思う。この時間に観る側の気持ちの準備ができる。サッとトイレに駆け込むことだって可能だ。そして、何よりもすぐに次も観に来たいと思わせる効果が絶大なような気がする。

 以前は一度行き出すと立て続けに行くことが自分は多かった。その場合、予告編で観た映画だったことがかなりあったような気がする。

 さて、今回のこの予告編の中に“ひまわり”があった。

 ウクライナでの戦争が始まって以来、全国の劇場で上映されて、売り上げの一部が寄付されるというニュースは知っていたけど、まだやっていたとは思わなかった。

 幸い、翌日も予定はなく、11時上映なら時間もちょうどいい。

 1年以上の休養明けから、一転して連闘することになった。

 この“ひまわり”は1970年、昭和45年に公開されたイタリア、フランス、アメリカ、そしてソビエト連邦の4ヶ国合作映画で、話の下地になっているのが第2次世界大戦。

 自分以上に知っている人の方がはるかに多く、今回、見た方も多いと思うので、あらすじには触れないけれど、いろいろなところで今の映画やドラマに影響を与えているのだなと思わせる部分があった。やはり名作、今まで敬遠していたのがちょっともったいないような気持ちになった。

 ポスターは勿論、ネットで画像を検索しても必ず最初に出てくるのは一面のひまわり畑。

 公開当時はこの撮影場所がモスクワ近郊ということになっていたようだが、これは当時のソビエト連邦のルールに従ってそう発表せざる得なかったらしい。本当は現在のウクライナで撮影されていたとのことで、こんなことまで捻じ曲げて伝えざる得なかった時代に暗い気配を感じてしまう。

 そう考えると、かの国は50年以上前の雰囲気に戻そうとしているのかと改めて思わされた。

 世界情勢や現在ウクライナで行われていることを語れるほどの知識はない。

 それでも、コロナ禍の重苦しい雰囲気がようやく晴れてきた時にこのニュース。

 嫌が上でも過去を振り返って考えさせられてしまう。

 コロナ禍になった時でさえ自分の生活は勿論、競馬もどうなってしまうのか不安で仕方がなかった。

 無観客開催になった時には絶望感しかなかったが、まさかの売り上げ増でその流れが2年以上続いたことは驚きでしかなかった。

 しかし、これが戦争となると話はまったく違ってくるだろう。

 実際に太平洋戦争中には競馬も中止せざる得なかった。

 コロナ禍が最悪の事態かと思っていたら、それ以上に最悪の状況が今の時代でも起こりうることを今、目の当たりにしているような気がしている。

 ネットでなんでも調べられる反面、事実が何なのかが分かりにくくなっている。

 これこそが不安をアオッて、妙な方向に事態が動いて行く原因になるのかもしれない。

 今のウクライナでの出来事、そして80年前の日本もそうだったのではないだろうか。

 逆に言えば事実がしっかりとした媒体を通して伝えられて、多くの人がその情報を共有できる社会になればかなりの確率でおかしな方向には向かわないのではないだろうか。

 そして、無事に競馬が行われている国はある程度、平和な状態にあるという証明にもなるはず。

 その競馬で我々が担っているのはちゃんとした情報をファンの方々に伝えること。

 そう考えると自分たちの日々の仕事も、社会の中で重要な役割を果たしているような気がしてきた。

 そのためには馬を見極める確かな目と成績を精査する力を持たなければならないのか。

 まだまだ道のりが遠いような気がしてきた。

 何とか健全な体と頭でいられるうちに、少しは信頼されるトラックマンにならなくては。

 やる気は出てきた。

 あとは結果か……

 これが一番やっかいで。

美浦編集局 吉田 幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
 道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。