そのシンガリ負けに意味はあり(赤塚俊彦)

 「あのひと言は凄く嬉しかったですね」

 そう話すのは今年開業した美浦の堀内岳志調教師。以前から何度か言っているように、二ノ宮厩舎時代にはナカヤマフェスタを担当。間もなくとなった凱旋門賞で2着したことがある人物である。この夏、アスティで開業初勝利を挙げ、ミカッテヨンデイイが今村聖奈騎手とのコンビでフェニックス賞を勝ったことで一気に知名度が広がったことだろう。

 アスティでの初勝利から3週間後、堀内厩舎は新潟競馬の未勝利戦にハイファイヴを送り込んでいた。福島でのデビュー戦は9着。その後、軽い傷腫れがあったものの、調教の動きや時計からはもっと走れていいと考えていた指揮官は続戦を決定。しかし、ここでひとつ問題が起きる。デビュー前から調教に乗り、新馬戦でも騎乗した松岡騎手がお手馬の関係でその日は札幌競馬に参戦となり、乗り替わりを余儀なくされた。

 「松岡に相談したら松山騎手がいいのではと言うんです。彼ならこちらの意を汲んでくれるし、手が合いそうで上手に乗ってくれると思うからと言うので、お願いすることにしました」

 松山騎手については今更説明するまでもないだろう。デアリングタクトとのコンビで牝馬三冠を達成し、2020年、2021年と2年連続でJRA100勝を超える勝ち星をマーク。この夏にはWASJに出場して3位となった(更には昨日、阪神甲子園球場で始球式も行った!)今や押しも押されもせぬトップジョッキーだ。

 この週は小倉競馬がなく2場開催。新潟に参戦していた松山騎手に騎乗依頼をしたこの日は出遅れた初戦と違い、スタートを決めて先行。絶好位から直線に向き、「オッ!」と思わせたハイファイヴだったが、そこからは伸びるどころかスピードダウン。大きな前進を期待した一戦だったが、残念ながら8頭立ての8着とシンガリ負けに終わってしまった。

 「彼ほどのジョッキーに乗ってもらったのに、前進どころかまさかのシンガリ負け。ガッカリしたのは勿論、頼んで申し訳ないことをしたなと思いました」と堀内調教師。ところが、レースが終わって上がってきた松山騎手からは意外な答えが返ってきたという。

 

 「松山騎手が『申し訳ありません』と言うんです。聞けば、人気はありませんでしたが、返し馬で乗りやすさとバランスの良さを感じてくれたようで、『これ勝てるのでは』と欲が出て、いい位置につけて勝ちにいってくれたんだとか。結果的に勝ちにいって押し切れるほどまだ馬がしっかりしておらず、一杯になってしまいましたが、大事にじっくり乗れば結果も違っていたと言っていました。同時に『まだ馬体に緩さはあるけど、これから良くなりそうですし、チャンスのある馬ですよ』と言ってくれました」

 堀内厩舎は開業時からの厩舎の方針で「誰が乗っても乗りやすい馬を作る」ことを掲げていた。

 「結果は出ませんでしたが、あれだけのジョッキーに『凄く乗りやすい』と言ってもらえ、勝ちを意識してもらうことができた。それまで自分たちがやってきたことが間違っていなかったと感じることができて、あのひと言は凄く嬉しかったです。その後もいろいろなジョッキーに乗ってもらっていますが、ありがたいことに『乗りづらい』と言われた馬はまだいないですね」

 それから2週間後、未勝利馬であるミカッテヨンデイイがフェニックス賞を制したのは先述した通り。厩舎の丁寧な仕事が結果として表れた形で、師も安堵の表情を浮かべていた。もし、あそこで松山騎手のひと言がなかったら、スタイルを変えてしまっていたら……結果がどうなっていたかはわからない。

 しかし、「自分の経験不足が招いた結果」と師が語るミカッテヨンデイイの小倉2歳Sは3番人気に応えられず10着。うまくいくことばかりではないが、厩舎はまだ開業したばかり。松岡騎手や松山騎手が高く評価したハイファイヴの巻き返しと初勝利を待ちながら堀内厩舎の発展を見守っていきたい。

 

フェニックス賞を制したミカッテヨンデイイ

 

赤塚俊彦(厩舎取材担当)
1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。美浦編集部。
Twitterやってます→@akachamp5972

 堀内調教師は松山騎手のひと言にホッとしたようですが、私は師の「自分たちがやってきたことは間違っていなかった」の言葉にグッときました。最近はなかなかそう思えることが少なく不安な日々で……。それは兎も角、人気のないテン乗りの馬でもトップジョッキーが欲を出したというのは面白い話。シンガリに負けた馬にもそんなドラマがあります。
 その後、松山騎手から松岡騎手に手が戻り、ダートに替えたハイファイヴでしたが、残念ながら10着と案外な走り。ここで結果が出ていればこのコラムも締まりましたが、やはりひとつ勝つというのは大変なことです。文中にもある通り、松山騎手が「これから良くなる馬」と言っていたようですし、いいモノは秘めているだけに長い目で見ていきたいと思います。ちなみにミカッテヨンデイイは次走ファンタジーSを予定。こちらにもご注目下さい。