集大成(赤塚俊彦)

 ひと月ほど前の話になってしまうが、ご容赦頂きたい。

 2月9日、寒風吹き荒れる美浦トレセン。

 朝の取材を終え、他社TMと食堂で暖を取っていると、そこに現れたのは調教を終えて帰り支度をし始めた横山和生騎手。顔馴染みの記者ばかりだったこともあり、すぐに騎手を囲み、前週の川崎記念の話となった。

 

 ご存知の通り、横山和生騎手は2月1日に行われた川崎記念をウシュバテソーロとのコンビで勝利。これまでとはちょっと違った立ち回りが目につき、鞍上の手綱捌きが光った勝利だった。ちなみに弊社の川崎記念のウシュバテソーロの短評は「鞍上巧み」となっている。

 

 私「川崎記念おめでとう。4コーナーの捌き凄かったね」

 和生騎手「ありがとうございます。みんな、そう言ってくれます」

 

 この日、1番人気に支持されていたのはウシュバテソーロではなく、テーオーケインズだった。とりわけ勝負の分かれ目となったのは4コーナー。前を行くテリオスベルとライトウォーリアの外を回した松山騎手のテーオーケインズに対し、横山和生騎手のウシュバテソーロは内で我慢。僅かに開いたテリオスベルとライトウォーリアの間をサッと割って一気に抜け出した。松山騎手とて外を回しても勝てる自信があったのかもしれないが、この4コーナーの攻防が最後の着差となったのは間違いない。外から豪快に突き抜けるイメージがあったウシュバテソーロだが、内を器用に立ち回り、こんな競馬ができるのかと驚かされた一戦だった。

 

 「でも赤塚さん、違うんだなー。本当に褒めてほしいのは4コーナーじゃなくて、1周目のスタンド前なんですよ」

 そう横山和生騎手はいたずらっぽく笑う。

 「1周目のスタンド前でうまく内に潜り込むことができた。あの瞬間、よしっ!と思いました。あそこがうまくいったから、4コーナーでああいった進路取りができたんです。だから、新聞社の人はみんな4コーナーを褒めてくれるんですが、栗東に行った時に安田翔伍先生や長谷川先生、浜中先輩などは1周目のスタンド前がうまかったと言ってくれました」

 

 そう言われてもう一度本人の前でレースを見返すと、スタートをソロッと出す感じで控えたウシュバテソーロだが、1周目のスタンド前で和生騎手が内へ内へ誘導しているのがわかる。この段階で有力馬であるノットゥルノやペイシャエスの内に潜り込んでおり、テーオーケインズのすぐ後ろにまで取りついていた。我々はつい4コーナーにばかり目が行ってしまうが、その前に既に態勢は整えられており、そこに目が行く調教師や騎手といったプロの方々はさすがと言わざるを得ない。

 

 「ね、そうでしょ。実は今回のレースに臨むのに、過去15年分の川崎記念を20回ずつ見直しました(300回?!)どうしたら川崎の2100mで勝てるのか、ウシュバテソーロだったらどんな競馬をすればいいのかを考えながらレースを見て、こんなレースができればと思っていた競馬ができました」

 

 競馬は1頭でやるものではない。他にも多くの馬や騎手がいて、枠がひとつ違ってもガラッと展開が変わるだけに、いつもいつも思った通りの競馬ができるわけではない。それだけにこの日の勝利は会心だったようだ。

 

 「でも、それもこれも、これまで僕がウシュバテソーロに乗ってきたから、木幡巧也騎手が競馬を教えてきてくれたからです」

 そう言って横山和生騎手は続ける。

 「まず横浜ステークスで初めてダートに使い、後方から上がり34秒0という素晴らしい脚を使ってくれました」

 「ラジオ日本賞は3着でしたが、巧也が乗って外を回しても終いまで脚いろが衰えずに伸びていました」

 「ブラジルCの時は巧也がテンに出して、ひとつ前の位置で流れに乗せたんですが、それでも、しっかりと脚を使って勝ってくれました」

 「カノープスSの時は僕が乗ったんですが、道中馬込みに入れてもヒルまずに走れて勝つことができました」

 「東京大賞典は初めての地方競馬でしたが、地方の深い砂でもこれまでと同じだけの脚を使ってくれました」

 

 「1戦1戦何ができるかを確認してきました。だから川崎記念では、少しポジションを取っても、内に入れて砂を被っても、地方の深い砂でも最後は絶対に脚を使ってくれるとわかっていました。それで、ああいった進路取りの競馬ができたんです。仮に僕がテン乗りだったら、あの競馬はできていません。いわば、川崎記念の勝利はこれまでウシュバテソーロと僕がやってきたこと、巧也が教えてきてくれたことをすべて出すことができた集大成だったんです」

 

 以前、当コラムで「点ではなく線での取材を心がけたい」と書いたことがある(「点ではなく線で」https://column.keibabook.co.jp/trrepo/3981/

 

 川崎記念のゴール板を先頭で駆け抜け、GⅠ級のレース2勝目を挙げたウシュバテソーロ。その瞬間に向けての準備は4コーナーでも、2分前のスタンド前でもなく、10カ月も前のレースから始まっていたのだ。いや、突き詰めれば芝に使っていたもっと前から様々な伏線が張られていたのだろう。

 

 そう、すべては点ではなく線でつながっている。

 時には曲がりくねった線を描くかもしれない。

 それでも、まっすぐ伸び始めたウシュバテソーロの線はこれから遥か遠く、ドバイの地へとつながっていく。

 

川崎記念を制したウシュバテソーロ

 

 

赤塚俊彦(厩舎取材担当)
1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。美浦編集部。

Twitterやってます→@akachamp5972

 間もなくに迫ったドバイミーティング。ウシュバテソーロも3月25日のドバイワールドカップに向けて準備が進められていますが、横山和生騎手は同週の日経賞でタイトルホルダーの手綱を取るため、今回は乗り替わりとなりました。

 「体が2つ欲しいですよ。そうしたらドバイにも行けるし、こっちでタイトルホルダーにも乗れるのに(笑)」と横山和生騎手。

 それでも、今回話を聞いて、勝ったレースも負けたレースも、そのすべてが糧になっていることを実感。初めての海外でどんなレースをするのか、また帰国後にどんな成長を見せてくれるのかを楽しみにしたいと思います。

 

 ちなみにこの川崎記念の話が終わった後に筆者が気になって聞いたのが先週のアネモネSを勝ったトーセンローリエ。「アネモネSの結果や競馬ぶりが大事になってきますが、僕もこの勝負服でまたGⅠに行きたいです」と。そこには昨年の秋、残念ながらこの世を去ったトーセンスーリヤへの想いがあることは間違いないでしょう。見事、自らの手でGⅠへの切符を掴み取りました。桜花賞でも頑張ってほしいです。