馬の恩返し(赤塚俊彦)

 突然だが、POGはご存知だろうか。ある程度競馬をやっているファンにはお馴染みだろうが、知らないという方のために説明すると、「ペーパーオーナーゲーム」の略で、競走馬の仮想のオーナーとなり勝ち星や賞金を争うゲームのことである。昨今は関連本も多く出され、時にはちょっとしたGⅠ馬のオーナー気分を味わえることもあり賑わいを見せている。競馬ブックでも毎シーズン開催しており、2歳戦が始まる前の春頃にはデビューを控える新馬の取材を行う。ダービー号の週刊誌に「2歳馬紹介」として特集されているため、覚えている方も多いだろう。ただ、ここまで話しておいて何だが、今回の「トレセン通信」の話題は決してPOGではない。

 

 

 遡ること3月、この日もデビュー前の2歳馬の取材をするべく、美浦の武井調教師に話を伺っていた。ちなみにこの時、「これはいいよ!」と絶賛していたハーツコンチェルトは中京のデビュー戦を圧勝。今週の東京スポーツ杯2歳Sに出走予定なので注目してもらいたい。そのなかで1頭、師が「これは走ると思う。というか、走ってもらわないと困る。きっと恩返しをしてくれるはずだから」と話す馬がいた。

 

 何でも、その馬は当時セリを欠場し、行き場がない状態に陥っていたという。この先どうなるかわからない、いわゆる路頭に迷った状態だったようだ(牧場にいるだけに表現としては厳密には違うのだが) そんな時、この馬の兄馬を手掛けていたことが縁で牧場に見にいった武井調教師が、「体はむしろ兄よりもしっかりしているし、これなら大丈夫。中央でデビューしてやっていける」と評価。大急ぎで必要書類などを揃え、兄も所有していたオーナーに購入してもらう手筈がついた。

 

 こうして晴れて競走馬となることができたその馬は「ダンスインザリング」と名付けられた。阪神でのデビュー戦は11番人気の低評価だったが、4着と健闘。その後、8着、2着、4着となり迎えた5戦目。ついにその時が訪れる。10月2日、中山の2歳未勝利戦。「今回はメンバーが揃っているから、どうかな。でも、岩田康誠騎手はすぐに未勝利を勝てると高く評価してくれているし、その点に期待したい」と戦前、師が語っていたダンスインザリングが外から伸びてくる。最後はサトミノココロ、リリージェーンと3頭での追い比べを制し、先頭でゴール板を駆け抜けた。競走馬としてデビューできるかどうかもわからなかった若馬が、中央の舞台で見事勝ち星を挙げて見せたのだ。

 

 翌週、武井調教師に「勝ちましたね!」と話を振ると、「ね、恩返ししてくれた!(笑)」とほっとした表情を浮かべていた。もし武井調教師がその馬の兄を手掛けていなかったら、牧場に様子を見にいくことがなかったら、ダンスインザリングの馬生はまったく違ったものになっていただろう。この勝利は自分を見つけてくれた、競走馬としてデビューさせてくれたダンスインザリングから厩舎への贈り物だったのかもしれない。ダンスインザリングはその後、昇級戦の阪神・なでしこ賞でも4着と奮闘。2勝目を挙げるべく、次走は中山でのレースを目指している。

 

 今回の「トレセン通信」を書くにあたり師に追加取材を行うと、「ああ、そういえば」とニコニコしながら携帯の画面を見せてくれた。

 

「大学の馬術部時代の同級生が通っている乗馬クラブにいるみたいで、写真が送られてきたよ。やっぱりこの馬には何かと縁があるみたい(笑)」

 

 そこにはダンスインザリングの兄、かつて武井厩舎に所属していたスリラーインマニラの姿が映っていた。

 

競走馬となり勝利したダンスインザリング

 

赤塚俊彦(厩舎取材担当)

1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。美浦編集部。

Twitterやってます→@akachamp5972

 ダンスインザリング、阪神でのデビュー戦は予想がありませんでしたが、春の取材でこの話を聞いていただけにずっと気にかけていました。その甲斐あって関東圏で走り出した2戦目以降は本命。特に3戦目は単勝76.6倍、14番人気だっただけに2着でも高配当を得ることができました。しかし!初勝利を挙げた5戦目は本命を打たないという痛恨のミス。だって先生が「今回はメンバーが揃っている」って言うから・・・(涙)

 それでも初勝利を挙げたら是非紹介したいと思っていた話をこうして無事に記事にすることができました。スリラーインマニラから始まるこの縁、この先まだまだ何かあるようにしか思えません。調教の合間の忙しい時間に取材と原稿チェックを受けていただいた武井調教師にもこの場を借りて改めてお礼申し上げます。いつか恩返しします(笑)