暮れに願うこと(吉田幹太)

谷の向こう側から猿がこちらを覗いている。

 山奥の露天風呂でただ、ひとり。周りには雪が積もっていて、小川のせせらぎの音しか聞こえない。

 風呂に入りにきたのか、ひょっとしたらこっちに来るつもりなのか。

 身構えていたら、動かずにこちらをジッと見ているだけ。

 そんな時間が2、3分あっただろうか、そのうちに奥の方へ去って行った。

 ほっとしたような、なんだか、逆にこちらが観察されていたような。

 「ゆったりしているようだけど、結局は囲いの中じゃないか」

 そんな風に思われたような気がして、少し考えてしまった。

 満員の通勤電車に揺られることはなく、勤務時間にずっと競馬のことを考えて、話をして、予想をする。

 時間の使い方も比較的、自由がある。

 ファンの皆様にしてみればうらやましい仕事だろう。

 それでも調教の時間は決められていて、予想をするにしても原稿を書くにしても、締め切りの時間は決まっている。

 もちろん、馬券検討も発走時間に縛られていて、比較的自由な仕事の自分たちにしても、社会的な縛りの中にいるのは間違いない。

 そもそも縛りがなくなったら、自由を感じることもないのかもしれない。

 やはり、人間にはある程度、縛りのある社会が必要なのか。

 もうじき終わる2018年。そして平成最後の年。

 ちょっと前の常識はアッという間にひっくり返されて、やたら攻撃的な人が増えてきたような気もする。

 その象徴的なのが国を代表するとは思えない人たちの信じられない発言か。

 自分が平和ボケしているのかもしれない。

 それでも、いまから20年前、長野オリンピックを現地で観戦した時のあの雰囲気が忘れられない。

 いろいろな国の人が集まって、チケットの交換などを言葉が通じないながらにしている。

 どこかしら穏やかで、何かに期待しているせいなのか、もめごともほとんどない。

 競馬にとっても最大の敵は平和じゃない世の中。

 東日本大震災の時に競馬が1カ月中止になったのは記憶に新しい。

 ダービーが中止になったのも太平洋戦争末期の頃。

 やはり、世間は平和であって欲しいと願わずにはいられない。

 その競馬に関して言うと、いいことにしても悪いことにしても、潮目が変わった1年ではなかっただろうか。

 関東馬が関西馬とGIレースで互角かそれ以上にやれた久々の年だったことはうれしかった。

 アーモンドアイの4勝が効いているとは言え、ここまで勝ち鞍だけで言えばほぼ五分。

 17年ぶりに菊花賞を勝ったフィエールマン。その上を行く20年ぶりだったのがフェブラリーSのノンコノユメ。更にはダートのGIを前期も後期も制したのは印象的だった。

 日本馬が海外遠征で大レースを勝てなかったことも大きなできごとだった。

 ここまで積み上げて、積み上げて、パート1国入りを果たして、世界の強豪相手に互角以上にやれるまでに成長した日本の競馬界。

 それが遠征数が減ったわけでもないのに8年ぶりに未勝利に終わってしまった。

 2着には食い込んでいるように、著しくレベルが落ちたとは思えないが、あとひと押し、何かが足りなかったと考えるべきなのかもしれない。

 その因果関係は分からないが、日本のGIレースが当たり前のようにフルゲート割れするようになった1年だったともいえるのではないだろうか。

 GIレースに限らず、その前哨戦からして頭数が少なかった。

 もっともこれが潮目であってはならないのだけど、再び、海外の大レースで日本馬が鮮やかに勝ってくれることを期待しているだけに心配になってしまう。

 GI戦線が盛り上がり、お客さんを興奮させるレースが行われて、その馬たちが海外に出る。

 ずっと、このいいサイクルが続いていたはず。

 この流れを取り戻すために来年は大事な年になりそうだ。

 降級制度の廃止が狙い通りに作用すれば、オープンレース、そして重賞とレベルが上がってくるはず。

 そして、それなりに拘束のある、我々の仕事で、一番のご褒美といえばGIレース当日。それも、特にダービーを毎年、いい席で観戦できることではないだろうか。

 すくなくても自分が元気で働ける間、いやいや、元気に競馬場に通える間、もっと言えば未来永劫。

 平和な時代が続いて、競馬を楽しむことができれば最高だ。

 そんなことを夢見ながら、この暮れから正月を迎えよう。

 いい年越しにするにはやはり……

 有馬記念、そしてホープフルSとしっかり馬券を取るしかないか。

 なにはともあれ、自分の懐が大事になるのかな~

美浦編集局 吉田幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。