東京競馬場の2コーナーの奥、夕陽に染まった南武線が走っている。そう、確かに見えているけれど、そこに視点が定まらない。

 何にも当たらなかった。財布の中はすっからかん。

 ウマカの残高もきれいにゼロになった。

 こんなにやられたのはいつ以来か。なんだか、涙がこぼれそうになってきた……

 マイルCSは勿論、東京も福島もまったくの見当違いだった。

 自分のせい。人に責任を押し付けることなんてできない。

 だから、こんな時は家に帰るのもしんどい。家についてからもしんどい。

 しかし、乱れた気持ちも翌日からは少しずつ落ち着いてきて、翌週の水曜日にはしっかり仕事をする気になっている。

 時間だけではなく、何かで立ち直っている。いつしか気持ちを切り替えることができている。

 その役に立っているのが、芸術なのかもしれない。と思いついた。

 映画、ドラマ、そして一番身近にあって、効果的なのが音楽なのではないか。

 自分の場合、競馬場への往復を含めて、移動しているときは大抵イヤホンで何か聴いている。

 お気に入りでジャンル分け。その日の気分に合わせて選曲。

 雨の日なら雨っぽい歌。晴れていれば明るい歌。そして、競馬場に着く寸前には少し気持ちを上げる歌を聴いたりすることもある。

 先週のようにどうしようもない気分の時のためにもジャンルを作ってある。程度に合わせて、救いのある曲、暗い曲、暗くてより沈み込むような3種類。

 これをひたすら聞きながら家路につく。

 もっともっと落ち込んでしまいそうな気もするけれど、自分の場合はこれくらいとことんやった方が、気持ちが落ち着いたりする。

 よく涙を流すとストレス発散になると聞く。同じような効果がこの行為にもあるのではないかと思われる。

 更に休みの日にいい映画でも見ればすっかり気持ちは立ち直ってくる。翌週も頑張ろうと思えるのである。

 コロナ禍の3年は何かと辛いことは多かったけれど、いろいろ分かったこともあるのではないか。

 久しぶりに流行歌らしきものが出現したと個人的には思っている。

 コロナ直前の何年間かは邦楽のトップ10など興味は勿論、知らない曲ばかりだった。

 自分が子供の頃の昭和はその反対だった。

 年間ベスト10は家族全員が知っているような曲ばかり。

 アイドルの曲でさえ、親も知っていて、茶の間で話題に出ることが多かった。

 それがコロナ禍の間、にわかに復活したような気がする。

 自分自身で言えば他に遊ぶことがなく、ユーチューブなどの動画サイトをよく見ていたことが大きい。

 そして自然に耳に入ってくる視聴回数の多い曲に、それぞれ魅力的な曲が多かった。

 某アイドルグループなどの一部の熱狂的なファンが支えていた売り上げランキングとは違って、その時代に合った曲が自分のような人間にも届くようになってきた。

 その曲はどう評価するかは別として、知識としては認識することができた。

 コロナ禍という時代に沿った曲だったと言えるのだろう。

 少なからずも落ち込んだり、傷ついたり、塞ぎ込んでしまった人の多かった時に癒しの効果があったのではないかと思う。

 どちらかというと歌詞は二の次だった自分でさえも、ちょっとハッとさせられるような歌詞もあった。

 少なくてもコロナ前とハッキリ線引きできるようなミュージックシーンだったといえるだろう。

 映画やドラマでも絶大な効果はある。でも、音楽は身近で簡単に気持ちに突き刺さる。

 競馬で負けたあとにも効果はてきめん。

 先週の自分はその証明をしたに過ぎない。

 もちろん、競馬で負けないに越したことはない。しかし、そんな簡単に当たらないからこそ面白い。

 とはいえ、仕事柄、いつまでも負けた負けたと言っていては……

 この週末には今年一注目を集めるビッグレースが待っている。

 そこまでに気持ちと懐を復活させて、結果的にはいい秋競馬だったと言えるように頑張ります。

美浦編集局 氏名 吉田 幹太

昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。