2020年11月14日、阪神競馬場、第8レース。京都ジャンプステークス。
その日、障害で13連勝中、およそ4年以上負けていなかった絶対王者が敗れた。
暮れの中山大障害をパスして臨んだ翌年春の中山グランドジャンプ。同レース6連覇に挑んだ一戦は5着。その後、剥離骨折が判明。どのタイミングで骨折したかは定かではなく、どの程度レースに影響したかはわからないが、折り合いを欠き、いつも以上に飛越が不安定。もともと飛越が抜群にうまいタイプではないとはいえ、直線でももがき苦しみ馬群に沈んでいく・・・。王者に君臨して以降こんな姿は見たことがなかった(もともとデビュー当初は競馬や障害に後ろ向きだっただけに、折り合いを欠いて引っ掛かっているのもある意味驚きだったが)
休養を余儀なくされて迎えた秋の復帰戦、東京ハイジャンプでも3着に敗れ、これで3連敗。GⅡで3着。多くの馬なら「よくやった」「頑張った」と言われる結果だが、GⅠでも圧勝が続いていたこの馬は違う。10歳という年齢もあってか、いつしか厳しい声も飛び交うようになっていた。
しかし、この東京ハイジャンプの走りを見て思わずニヤリとした。まずは折り合い。中団でしっかりと我慢が利いており、ムキになってしまった前回と違う落ち着いた走り。次に飛越。2周目向正面の1カ所だけ少しミスしたが、こちらも概ねスムーズ。中山グランドジャンプで敗因と見られた2つの課題はクリアできていた。そして一番は仕掛けられた際の反応。道中折り合いがついたことで、3角の勝負どころで鞍上がゴーサインを出した時にスッと反応して進出。最後こそ甘くなって3着だったものの、休み明けで1頭62キロを背負っていた分もあった。
まだまだ気力は失われておらず、終わっちゃいない!
剥離骨折明け、10歳の秋。正直どんなレースになるかと心配していたが、この一戦で絶対に復活があると確信した。
もう負けられない。迎えた2021年の暮れ、運命の中山大障害。その日は12月25日のクリスマス。「中間は回復に努め、思ったよりも回復が早かった」と指揮官。パドックで見ると馬体、雰囲気も非常に良く、返し馬は落ち着き過ぎていて大丈夫かと思ったくらい。これが王者の風格か。結果はご存じの通り。サッと好位につけ、飛越も折り合いも今までで一番と言っていいほどスムーズ。来るなら来い!と言わんばかりに3角で先頭に立ち、直線に向く頃にはもう私の目はウルウル。「頑張ってくれ!」というこちらの祈りが届いたのかどうかはわからないが、呆れるほど強く、まったく涼しい顔(?)で先頭でゴール板を駆け抜けた。その雄姿に思わず拍手。意外と涙が流れなかったのは拍子抜けするくらい飛越がスムーズで、まったく危なげなかったせいか。いつもはちょっとハラハラさせられる飛越が、この日は終始安心して見ていられた。口取りを終え、中山競馬場のハナミチでいつも通りファンサービスの撮影会がスタート。やっぱりこの馬には優勝服がよく似合う。ファンや関係者にとっては最高のクリスマスプレゼントになった。
と言っても「言うは易く、行うは難し」である。ある程度復活を確信できたとはいえ、10歳の秋にもなり実際に結果を出すのは容易ではない。ましてや、その中身はこれまでで一番と言ってもいいくらいのお行儀のいい競馬。年が明け、その後の取材で「注意したのは反動ですよね。年齢を重ねてきたこともあり、そのあたりに対応できるよう、とにかくダメージが出ないようにというのをこれまで以上に念頭に置いて調整しました」と指揮官は当時を振り返る。馬も大したものだが、プレッシャーと戦いながらそこまで持ってきた騎手、スタッフの苦労は計り知れない。検量室前で表彰式を待つスタッフには安堵の表情が浮かんでいた。
沈みかけた太陽が再び上昇し、感動と興奮という光を照らしてくれるとは。
周囲の雑音を黙らせるには結果を出すしかない。厳しい批判を跳ね除け、またひとつ我々に希望を与えくれた陣営の努力とその走りには感謝である。そのご褒美か、先日発表されたJRA賞で自身4度目となる最優秀障害馬を受賞した。「感動の復活劇が票を集めたのでしょうか。本当にありがたいことです」と指揮官は謙遜したが、春シーズンも秋シーズンも戦い、年間を通して走って競馬を盛り上げることもJRA賞にとっては大事なことと筆者は捉えており、その旨を伝えさせてもらった。
現在同馬は今年の緒戦、阪神スプリングジャンプに向けて順調に調整されている。一体、記録はどこまで伸びるのか。そして今度はどんな感動を与えてくれるのか。復活した王者の挑戦はもう少しだけ続きそうだ。
赤塚俊彦
1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。美浦で厩舎取材を担当。
Twitter始めました→@akachamp5972
ここまで読んでいただいた方はお気づきかもしれませんが、今回は文中に馬名を一切使わない縛りで書いてみました。それでも、どの馬のどんな話かはすぐにお分かり頂けたと思います。この復活劇を見て、ふと思い出したのは伝説にもなっている1990年の有馬記念。当時はまだ競馬を見ていなかったのですが、秋に2度負けて「終わった」と言われてしまったあの馬が勝った時の雰囲気は今回以上だったんだろうなと少しだけ感じることができました。年明けのお忙しい時間に電話取材と原稿チェックを受けていただいた和田正一郎調教師にこの場を借りてお礼申し上げます。