この業界に入ってかれこれ30年。自分が入った頃にはセリは馬の取引の主流ではなく、セリのニュースもほとんどなかったような記憶がある。

 今でこそJRAが主催で行われているブリーズアップセール。これも、昔はいわゆる抽選馬と呼ばれて、セリではなく抽選で馬を割り振っていたのだから、セリに対して鈍感になっていたのかもしれない。

 更にはセレクトセールが行われるのは毎年、JRAの開催で言えば夏の福島。

 実家が仙台にあることもあり、北海道まで足を伸ばそうという気持ちにならなかったのも原因のひとつだったかもしれない。

 いずれにしてもセレクトセールに行ったことがない事実に、ずっと後ろめたさを感じていた。

 それが今年は福島開催ながら、週末も美浦で調教を見る当番の週に行われるという絶好のチャンス。慌てて飛行機のチケットを確保して、宿も何とか札幌に確保することができた。

 22回目にしてようやく、業界人としての責任を果たすときが来た。

 何しろ、何もかも初めて。ノーザンホースパークまでどうやって行けばいいかもよく分からないのだから恥ずかしい。

 経験者の先輩と新千歳空港で待ち合わせて、シャトルバスに乗り込み会場へ。

 うんと昔に空港牧場へは行ったことがあるはずなのに、道中の景色も見違えるよう。北海道の広大さが空港からすぐそこにあることを感じながら、気持ちはどこか落ち着かない。

 そうこうしながらもノーザンホースパークまではほんの15分くらい。バスから降りると遠くからはあの独特のセリの声が聞こえてくる。

 会場に入るとセリに参加する人の席こそ空いているが、見学者の座る席は一杯で、報道関係者や牧場関係者、それに厩舎関係者もあちらこちらに群がっている。

 この感じはブリーズアップや千葉セリでも多少、経験していたのだけれど、あらためて言うまでもなく、セレクトセールは圧倒的に値段がまったく違う。

 競り合う金額の単位が、100万円が一番少ないくらいで、途中からは200万単位、500万単位、そして1000万単位に上がっていくのだから現実感がまったくない。

 その価格で取引されるであろう馬が、会場の裏に次々と現れて、順番待ちをしている。

 一体、どの馬を見ればいいのか、どれが見逃せないのか、自分の感覚からするとどれもこれもしっかり見ておきたいような馬。名簿で血統を見てももうひとつ決めきれない。

 実際の居場所だけでなく、気持ちもどこに落ち着ければいいのか分かりかねているときに、1歳馬の過去最高価格となったミユージカルウェイの18が登場。

 どんどん引き上げられていく価格に唖然としながらも、その場内の熱気に自分まで興奮してくる。

 いよいよハンマーが落ちるとカメラマンだけではなく、いままで座っていた人もぞろぞろと移動を始めて裏手の撮影の場所へ。

 その集団の後ろにこそこそとついて回って、将来のクラシック候補をチラッと観察することはできた。

 しかし、結果的にはこの時のように、とにかく人の動きが慌しく興奮していて、それに完全に巻き込まれてしまったような感じになった。

 札幌泊ということもあり、二日目の当歳馬のセリもほんの少しチラッと見ることしかできなかった。

 今回の自分の中での印象はセリに参加している馬主さんたちの盛り上がり以上に、その周りにいる人々の慌しさと興奮度合い。

 今まで見てきたセリとは完全に別世界。

 別世界といえば、会場からシャトルバスで引き上げて、新千歳空港に着いた時に感じる感覚だろうか。

 つい数分前までいた場所は一体何だったんだろうか?

 現実にあったことなのかどうか、ニュースを見なければ確認できないような感覚になった。

 いずれにしても今回はしっかり馬を見ることができずに、冷静な動きも見学もできなかった。

 来年は対策を練り直して、しっかり見極める準備をしなければ。

 まだまだセレクトセールを見て、業界人として責任を果たしたとまではいえないような後ろめたさが出てきてしまいました。

美浦編集局 吉田幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。