高校時代の同級生と久しぶりに飲む機会があった。お互いの仕事、家族、体調面などの近況報告や、世の中の諸事に関する意見を交わして楽しく過ごしたのですが、それぞれ就いている仕事は別々なのに、他世代との比較とか、昨今の社会全般の風潮についての感覚が似ているのは、やっぱり思春期をともに過ごした同世代だから、なんでしょうか。
 その会話の中で松井秀喜の名前が上がり、メジャーリーグから日本球界に話が及ぶ流れの中で、友人の一人が「今の日本のプロ野球って、面白いか?」と疑問、というか否定的な含みを持って、軽く挑発的(?)に聞いてきました。
 ちょっと考えて、少し言葉を詰まらせながら、“野球はこうこうこうで、他の競技と比較してこうこうこうだから”という理由でもって、「変わりなく今も見続けている」と返事したのですが、それが彼の問いに対する答えになっていないのは、自分でもよくわかっていました。
 無論、何もかも眩しく映る若い頃の感覚と、くたびれた(?)今の感覚とが同じであるわけはなく、慣れとか飽きとか、そういう部分がどこかに生じてしまっていることはあるかもしれません。話を聞いていた別の友人が、「そういうスタンスで野球を観るようにしてるってことだね?」と合いの手を入れてくれたので、「そう。だから今の制度とか興行的な手法とかには目をつむって、になるかな」とつけ加えたのですが、でも最終結論は口に出せないままに終わりました。

 考えが飛躍して、我らが“競馬”に意識が向かっていたからです。

 安藤勝己騎手が引退しました。これでJRAでは自分より年上の騎手が一人も居なくなってしまいましたが、引退するのは年上ばかりではありません。近年、中堅どころ、いやデビューして数年しか経っていないような若手と呼べる騎手ですら、相次いでムチを置く傾向にあります。今更ながら、それだけ騎手を取り巻く環境が厳しくなってきた、というのは間違いありません。

 外国から短期免許を取得して日本で騎乗するジョッキーが後を絶たず、このほど大井の戸崎圭太騎手と福山の岡田祥嗣騎手のJRAへの移籍が決まりましたが、国内の地方競馬からも、安藤勝己騎手が切り拓いた道を通って移籍してくる騎手が続いています。
 その多くが、在籍した国や競馬場で上位にランクされる騎手達。普通に考えてキャリアの浅い若手騎手が歯が立たなくても無理はありません。しかし大レースではJRAのトップジョッキーも揃います。にもかかわらず、その上位を外国人騎手や移籍組が占めてしまう傾向が近年顕著になっているのは、何か異様さを感じないではいられません。
 海を越えて来日し、或いは退路を断って移籍してくる騎手達。よく言われるのは彼らのハングリー精神ですが、これを“そんな単純なものではない”として済ませてしまっていいのでしょうか。技術的なことをうっちゃっていい、とは思いませんが、重要な何かをどこかに置き忘れているのでは、なんてことを感じてしまいます。

 例えばその昔、社会的に競馬を取り巻く環境は決して好意的なものではなかったと聞いています。そんな中で、どなたの発言だったか失念しましたが、「自分達は騎手の社会的立場を少しでも高めよう、と努力してきた」とありました。かつての騎手の皆さんには、少なからずそのような思いがあったのではないでしょうか。

 現在は競馬学校で3年間、厳しいカリキュラムの下で鍛えられた生徒達がデビューしますが、学校を卒業してしまえばプロ騎手としてデビューできることが約束されています。しかしその全員が騎手として成功するわけでもない、でしょう。それが現実のはず。
 だから本来、在学中から競争原理が働き、実際、生徒達は必死に違いありません。でも卒業してしまうと、こう言ってはなんですが、何の結果も出していないのに注目され、特殊技術を持った選ばれた者として扱われることになります。そしてプロフェッショナルが鎬を削る世界に、何の保障もなく放り出される……。
 そのあたりのリスクやら何やら、はたして一般社会から隔離された狭い世界で、中学校を卒業したばかりの子供達に、どこまで前もって教え込むことができるのか。数年前から心配していたことでした。
 だから本当に、このところの辞めていく騎手達というのが、騎手という職業が適さなかったからではなく、ただただ社会の荒波に揉まれ、現実を突きつけられてボロボロになっていく若者達…に感じられてならないのです。最前線で戦うプレーヤー達のそういう姿を見せられて、その競技が盛り上がるとはとうてい思えない……。

 ラグビーの日本代表チームを率いるエディ・ジョーンズ氏が、日本ラグビーの発展のためには、「代表チームが、代表チームとしてリスペクトされる対象になることが重要」といった意味のことをたびたび口にしておられますが、まさにその感覚。キーワードは“リスペクト”です。
 「騎手は憧れの職業であるべき」とはよく目にし、耳にもします。それは否定しませんが、競馬のイメージを直接的に左右する騎手には、ただ憧れの対象であるだけでなく“リスペクト”される存在であって欲しい。その時に初めて、わかりやすく競馬の社会的地位が上がり、誰からも愛される競技として発展していくのではないか、と。
 いや何も“聖人君子”である必要はありません。一般の感覚で尊敬の念を持てるかどうか、です。そのあたりの機微を、騎手志望の子供達にどう伝えていくのか……。
 騎乗数の格差是正や、若手騎手戦の増設等々、制度面の見直しは確かに一定の効果があるでしょう。ですが長い目でみて、もっと手前の、要するに人を育てる環境や、その有り方について、そろそろ考え直す時期なのかもしれません。今のままでいいわけがない、と思うので。

 「今の日本の競馬って、面白いか?」
 友人にそう問われた時、“競馬ってものはこうこうこうで、こうこうこうだから”なんてお茶の濁し方をせず、
 「面白いよ」
 と胸を張って言い切れる競馬がいい。そう、いいに決まってます。

美浦編集局 和田章郎