いつまで緊急事態(吉田幹太)

 母が入院した。

 とはいっても生命に関わることではなく、軟骨がすり減って消失しており、それによる痛みを取り去るための入院。つまりは人工関節を入れる手術のためだ。リハビリにそれなりに時間がかかるので、3週間近くは病院に居ることになる。

 入退院の時は勿論、手術も全身麻酔で行うので付き添いが必要。

 そんなわけで月曜、火曜を使って、実家のある仙台へ頻繁に帰る必要が生じてしまった。

 この状況をうまく使えないものか。病院の事情からもずっと付き添っている訳にはいかない。無駄に時間を過ごすくらいなら、どこかに脚を伸ばして小旅行でもできないものか。

 などと考えていたら、大人の休日倶楽部パスがちょうど使える日程であることが分かった。

 50歳を超えていれば有料で誰でも大人の休日倶楽部会員になれる。そして基本的にはJR東日本の運賃から5%割り引かれて、年に何回かは今回のようにお得な切符が発売される。

 このお得なパス。JR東日本のエリアは5日間新幹線を含めて乗り放題。指定席も6回まで使える。

 無駄に年を取ってきたけれど、これだけは年をとってよかったと心底思える。

 自分の場合はうまく使っても日曜の午後からほぼ3日間。その3日間で仙台に帰りつつ、18,800円の価格の倍は少なくても乗らなければお得感がない。

 日曜日まで美浦で追い切りを見て、ひと通り作業を終えたあとに昼から移動を開始。

 まずは一度も宿泊したことのない秋田県へ。

 秋田新幹線は何回か乗ったことはあり、五能線のリゾートしらかみにも乗ったことはある。けれど、すべて通過しただけで泊まったことは一度もなかった。

 いつでも行けそうで行ってなかったのが秋田。仙台からほどほどに近くて遠い。今回のタイミングにぴったりだ。

 東京駅発12時20分のこまち23号に乗って秋田着が16時13分。

 馬券は新幹線に乗り込む前にある程度、買っておいて、あとはグリーンチャンネルWebとJRAアプリをうまく使って観戦。しかし、新幹線内Wi-Fiのつながりが良くない。なかなかスタートせず、肝心なところでくるくる回り出す。

 こんな風に競馬をやきもきしながら見て、車窓も楽しんでいたら、あっと言う間に盛岡から田沢湖線内に入っていた。

 馬券は鳴かず飛ばず。車窓も雨がどんどん強くなって山の方は煙っていてよく見えない。

 いやいや、今回の目的は秋田に泊まって、旨いものを食べること。少しくらいロケーションが悪くても問題はなく、馬券もひどく負けなかったのだから良しとしよう。

 秋田駅に着く頃にはますます雨脚が強くなり、場内では翌日の新幹線の運行に影響が出るかもしれないと放送している。

 これでは明日、仙台に帰って病院に行くことができないかもしれない。何のために移動して来たのか……そして、翌日の第二の目的、奥羽本線で福島まで抜ける計画も頓挫してしまう。

 ホテルには歩いて行けずにタクシーを使い、風呂に入ってから外に出ると雨に加えて風まで強くなってきた。

 傘がうまく使えずすぐそこの川反の繁華街まで行くのが難しい。

 少し歩いたところで靴も濡れてきたので、繁華街は断念。近くにあった居酒屋で済ますことにした。

 これがこの日、初めて来たと言ってもいい大当たり。値段はそれほど高くなく、地元のものもありつつ、普通の居酒屋メニューが旨かった。

 ひとりで2時間くらいか。ほどほどに酔ったところで会計を済ませて外に出ると雨はほぼ止んでいる。

 夜になってようやくツキが巡ってきた。翌朝は早い。コンビニでアイスとお茶を買ってとっとと寝ることに。

 翌朝、雨は完全に止み、風も収まっていた。駅に着くとすべて予定通りに運行するとのアナウンス。少しほっとして、新幹線ではなく在来線の5番ホームへ。

 秋田発8時9分の奥羽本線普通列車に乗り込み、終点の新庄着が10時50分。2時間41分、ベンチシートに座りながらの旅になる。

 この奥羽本線は秋田、山形の県境の山間部を超えて行くルート。新幹線が今の形になってからは基本的に普通電車しか走らないローカル線。素晴らしい絶景などはないが、のどかな風景に癒される。

 時間を感じることもなく、少し物足りないくらいの感じで新庄へ。

 ここからは山形新幹線で福島に抜けて、東北新幹線で仙台へ。ちょっとした旅もすぐに終わってしまった。

 夕方に病院に荷物を届けて、誰もいない実家に帰宅。

 そう、これだけ旅ができるのも基本的には面会することができないからであって、母とは電話で話すことしかできない。

 確かに今でもコロナは存在する。

 しかし、いつまでこの態勢を続けるのだろうか?

 すべてのウイルスがなくなることはおそらくない。

 かつてのように面会することは難しいかもしれない。だけれども……

 高度な制限が長く続くことはちょっと危険な匂いがする。

 まるで先の大戦下のような感じではないだろうか?

 病気を治すのが病院の役目。それを盾にして管理するのはどうなのか。

 これが病院だけではなく、いまだに世間にも残っているような気がする。

 管理されることに慣れてしまうことは非常に怖いことだ。

 そんなことを考えながらも、気持ちは翌日の行動へ。

 火曜日はまっすぐ帰京せず、八戸まで行って海鮮丼を食べて帰ってきた。

 3日間の移動距離は約1950キロ。通常の料金に換算すると運賃、新幹線料金合わせて54,160円。

 約3倍の値段だけ楽しんできた。

 こんなことができるのも、制限のおかげとは言えるのかもしれませんが……

美浦編集局 吉田 幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。