単なる流行語ではなく(和田章郎)

 12月2日に発表になった今年の新語・流行語大賞。皆さんご存知の通り、『じぇじぇじぇ』、『今でしょ!』、『お・も・て・な・し』、『倍返し』の4語になりました。
 ノミネートの時点で“4強”だなと予想し、それは多くの人がそうだったろうと思いますが、興味の焦点は「この中からどれが選ばれるか」だったはず。ところが蓋を開けてみたら、4つとも大賞、というのは何だか拍子抜けしました。“決定!”なんて謳ってますけど、結局な~んにも決めてない印象ですもんね。
 確かに、“二者択一”や、“多くの選択肢から一つだけピックアップ”とか、そういう判断を無理強いされるのはつらいもの。対象によっては、“決めない”という選択肢が許される物もあっていいでしょうし、「流行語の豊作年だった」なんてことが言われてて、ひとつに絞り込むのが難しいというかもったいないというか。そんな苦悩も理解できるのです。できるんですけどね。
 まあ、敢えてひとつだけ、と言われると、『じぇじぇじぇ』は方言で、『お・も・て・な・し』は普通に使って美しい言葉。『倍返し』はそれとは全く逆の印象で、使ってあまり嬉しくないような。
 そういった普段使われたり敬遠したりする語が突如“流行”するからこそ、“流行語”として認知されるわけですが、「でも何だかな」という感じ。
 そういうわけで、ひとつだけ選ぶとすれば、まったく個人的な見解として、『今でしょ!』でスムーズなんじゃないか、と思ってます。発信者が我々の業界に無茶苦茶理解のある人だから、という理由ではなくて。

 ところで、この新語・流行語の“新語”の方。すっかり定着して辞書に載ったりするくらいの語もあるようです。考えてみたら、かの夏目漱石も新語造りの名人だったそうですし、100年くらい前に造られた新語を、もっと昔からあった物として当たり前に、悩まずに使用している例も少なくないのでしょう。
 そんな語の類として最近…と思うけれど、頻繁に使われるようになって、すっかり定着していて、かつ、お気に入りの言葉があります。
 それが『どや顔』。
 これ、新語かどうかはわかりません。でも私が学生の頃には使われてなかったように思うし、子供だった頃には全く聞いた記憶がありません。“どや”と“顔”で構成されていることを考えると(そんな難しい検証ではないですが)ルーツは関西弁でしょう。だからひょっとすると関西圏では、以前から使われていたのかもしれませんが(明石家さんまさん発、という説もあるようで)。

 なぜ『どや顔』がお気に入りか、と言うと、その第一は武道における『残心』を連想させるから。勝負が決した、と思われた時に、隙を見せないように心身を保つ。その姿勢を指すんでしょうか。敗者を更に蔑むような行為を戒める。そういう教えに基づいた精神性が具現化したものと考えていいかもしれません。
 その『残心』の際の顔つき、表情がポイントになります。ブルース・リーの相手を倒した時の憂いに満ちた表情ときたら…。絶大な人気があったのもうなずけます。いや脱線しましたが、例えば歌舞伎などでも見栄を切ったりしますし、『どや顔』は日本人の奥深いところに関係している、なんて言うと大袈裟ですか。
 だから土俵上やリング上でのガッツポーズなどとんでもない、という理屈が正解で、いいじゃんそんなの、と考える人は相撲、ボクシングを観なくて結構です、となりかねません。それを古くさい伝統に過ぎない、とか、或いはプロレスは許されるのに、と捉えるなら、わかり合うことはますます難しくなる…。

 話を戻します。
 『どや顔』のお気に入りな第二の理由は、音の響きとして、どこかしらユーモラスな印象を抱かせるから。この点も関西弁にルーツがある、と考える根拠。ちょっぴり下品っぽさも内包しているのは、関西特有の照れ隠し、なんじゃないでしょうか。
 実はこの照れ隠しこそ、残心のポーズを取った際の心象風景のひとつであり、それを言葉にしたのが『どや顔』なのでは、なんて考えているわけです。まるで的外れな考察なのかもしれませんが、この仮説、自分なりにかなり気に入ってます。

 流行語の方に話を戻しますと、時期的なものかノミネートすらされませんでしたが、『拡大解釈』はエントリーされてしかるべきでしたね。いや、この言葉の場合は『どや顔』同様、むしろ流行語にとどまらず、今後、何年もの間、恐怖の単語として定着しそうな雰囲気があります。
 その解釈法については、『どや顔』以上にジックリと、厳しい姿勢で検証し続ける必要があります。屁理屈の応酬が常態化しかねませんから。これ、関西風の洒落では決して済まない事象でしょう。当コラムでも扱う時があるかもしれませんので、その時はまたよろしくお願いします。
 とにかく新語・流行語大賞の4語受賞もそうですが、『言葉の持つ力』を改めて、強く感じさせられた一年。今年もありがとうございました。

美浦編集局 和田章郎