こんにちは、美浦編集部の赤塚です。
この度「週刊トレセン通信」のローテーション入りをいたしました。さて1本目、何を書こう……と悩んだのですが、実はひとつ幻となった原稿があったので、それをUPさせていただこうと思います。

 事の発端は今年4月の中旬、私にかかってきた1本の電話からでした。電話の主は美浦トレセンの小桧山悟調教師。

「ひとつ残しておいてほしいネタができたから記事を書いてほしいんだけど」
 
 となると誰か週刊誌に寄稿してくれるライターさんを探さないといけないな、と思っていたのですが、話を聞くとこれが何とまあ面白い。
「よし!自分で書こう」
 そう思い名古屋に本社を置く某有名カフェに向かい、1時間足らずであっという間に原稿を書き上げたのですが、後日小桧山調教師にこれを渡すと、「朝日新聞で取り上げてもらえることになった」とのこと。残念ですが、私の駄文よりそちらの方がはるかにいいものなのは間違いないので、これにて断念。このネタは後日、朝日新聞さんのデジタル版に掲載されYahooトップにも出たので読んだ方もいるかと思います。私の書いた原稿は私と先生ふたりだけのものとなり日の目を浴びることはなくなりました。

 ……と、思ったのですが、それから約4カ月、この度「週刊トレセン通信」を書くことになり、パソコンの中で眠っていた原稿が復活。こちらに掲載させていただくこととなりました。いよいよ本題。稚拙な文章ですが、お付き合いいただければ幸いです。以下は当時書いたものに加筆、修正を加えたものです。

 4月4日の中山競馬、4日目10レース両国特別で小桧山厩舎所属のシャチが勝利。3勝目を挙げました(まったくの余談ですが、シャチは前年も4月4日に2勝目を挙げています)。シャチの母は以前10年間もレースに出走せずに休養している謎の馬として話題になったソウタツ。これだけでも話題十分なのですが、担当していた東輝夫厩務員は御年74歳(レース当時)になる大ベテランというのだから、これまた驚きです。

 「74歳?!」と聞いてびっくりする方も多いと思いますが、これは正規のスタッフではなく、怪我などで休んでいる人間の穴を埋めるべく、期間限定で手伝いに来ている補充員。業界では「ヘルパー」とも呼ばれる臨時スタッフになります。東厩務員は現役時代、鈴木康弘厩舎に所属。晩年は小桧山厩舎に転厩し、後に定年退職となりましたが、同厩舎のスタッフの1人がけがをして休養となり、現場を離れていた東厩務員にヘルパーとして白羽の矢が立ちました。都合あってその東厩務員に回ってきたのがシャチだったのです。

 さて、そのシャチですが、昨年の秋に放牧から帰厩すると休みなくレースを走り、両国特別が叩き11戦目。まだ4月になったばかりだというのに早くも年明け7戦目だったというのだから、そのタフネスぶりには頭が下がります。「使い過ぎでは・・・」という声が聞こえてきそうですが、この両国特別の前、「ずっと使っているのに凄く具合がいいんです。具合がいい時にどんどん使った方がいいと思います」と調教助手の高野舜が言えば、近走手綱を取っている騎手の原優介も「気性が穏やかになって、最近は硬さが出ていないんです。2走前の中山で大きな不利を受けたんですが、肉体的なダメージも精神的な後遺症もなかったので、スムーズなら好勝負になると思っていました」と揃って状態の良さを口にしていました。実際に結果も出たのだから、その起用に間違いはなく、東厩務員の腕があればこそだったのでしょう。それにしても何と馬主孝行な馬か。レース後、原騎手は「東さんの契約期間内に勝てて良かった」と喜びました。

 勿論、馬が生き物である以上、人との相性というのはあるわけで、シャチの気性と東厩務員の穏やかなその性格が見事にマッチしたというのはあるでしょう。ただ、前任者の名誉のために記しますが、以前シャチを担当していたのは堀内岳志調教助手(当時)。現・技術調教師で、二ノ宮厩舎時代にナカヤマフェスタを担当して凱旋門賞に挑戦したのは有名な話。小桧山厩舎に転厩後はトーラスジェミニを担当したこともあり、その活躍ぶりは改めて説明するまでもないでしょう(このトーラスジェミニについての話はまた次回にでも)。シャチとのコンビでも3歳の春にはNHKマイルCに出走しており、彼もまたいわゆる「腕利き」と言われるひとり。ちなみにシャチのデビュー戦の馬体重は438キロ。両国特別が470キロであり、一時期は476キロまで増えていました。これだけ数を使いながらも馬がしっかりと成長しているのは、自身の成長力もさることながら、堀内、東両名を中心とした厩舎スタッフの手厚いケアが実を結んでいるからに他なりません。

「74歳で馬を出走させて、更に勝たせるというのは最高齢じゃないかと思うんだよね」と小桧山調教師。調査方法がなく、実際にこれが記録なのかどうかは定かではありません。JRAの広報に尋ねてもやはり正確な記録は残っていなかったそうです。が、定年制度がある以上、この歳で担当馬が勝つというのは決して多くはなく、稀なことは間違いありません。

 「それぞれ厩舎のやり方があるから、どうこうは言わないけど」と前置きしたうえで小桧山師は続けます。「最近の若い調教師は、それは競馬学校で習ったことではないからと、年配の厩舎スタッフのアドバイスややり方を受け入れない人もいるみたい。でも、堀内くんもそうだし、東さんもそうだけど、競馬学校では教わることのできない、長年現場に居続けるからこそ身につく技というのはあるわけで、今回シャチがこれだけ使っているのにいい状態をキープできて勝てたのは間違いなくそれのおかげ。そういった技術を次の世代は受け継いでほしいし、引き継いでいってほしいよね」と話していました。
 
「亀の甲より年の功」などと言いますが、いつの時代にも「職人」と呼ばれる確かな技術を持った厩舎スタッフがたくさんいます。その後、東厩務員の補充員期間は終わり、小桧山厩舎も解散までは3年を切りました。「東さんに教わったこと」を実践し、東イズムで勝利を挙げてくれるスタッフは小桧山厩舎であるなしを問わず、これからも出続けてくれることでしょう。

美浦編集局 赤塚俊彦

 

赤塚俊彦 1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。

美浦で厩舎取材を担当。気がつけばTM歴も10年を超えた。予想は勿論、それ以外の競馬が持つ魅力や裏話、ドラマも伝えていきたいと思っている。今年は目標である予想者ランキングの年間回収率100%超えが見えてきたが、更に数字を上げていけるよう守りに入るつもりはなし。予想のモットーは「迷ったときは人気薄」。

 

2021年4月4日 中山・両国特別 10番人気のシャチが差し切る