何年か前からだろうか、まっすぐ帰れなくなった。ここ何年か、競馬場からまっすぐ帰ったためしがない。目的があろうがなかろうが、連れがいようがいまいが、どうしてもまっすぐ帰る気がしない。
ひどく負けているときだけではなく、それほど負けていないときも、それなりに儲けているときも、どんな状況でもまっすぐ家に向かう気にならない。
言い訳をするなら、仕事とは言え、競馬場にいると平常心ではいられないのかもしれない。どこか、興奮していて、その熱気を体の中に溜めたまま帰ることを自然と嫌っているのだろう。若いときにできた切り替えが、年齢を重ねてできなくなったのかもしれない。
仕事に区切りがつく日曜日は勿論、土曜日もどこかに寄って、一旦、リセットしてから家に帰ることになる。ひとりでメシを食べてとか、どこかで買い物をしたりとか、時には銭湯で湯に浸かってから帰ることもある。けれど、大抵は誰かを誘って、どこかの店に入り、一杯引っかけながらという話になる。馬券の調子がよければいいけれど、そんなことはほとんどない。手持ちは寂しく、それが毎週、毎週ということになるとさすがに苦しくなる。そんな訳で、足を踏み入れるようになったのが大衆酒場である。
以前はどうしても抵抗があった。不衛生じゃないかと言うよりは、ある意味、敷居が高いような気がして「この部外者が」などと思われているんじゃないかと思っていた。実際、某立ち飲みの串揚げ屋ではビールジョッキを回収しない。テーブルに肘をつけてはいけない、灰皿はなく、タバコの灰は下に落とすなどなど、独自のルールがあって、それを常連のお客さんは皆、理解して飲んでいる。いまだに、敷居は高いような気がする。まだまだ若造だと思いながら飲んでいる。それでも、そのルールさえ理解すればこれほど楽しい店はない。
かつてなかったような開放感があり、ちょっとした話でも楽しくなり、いつのまにか愉快な気持ちで嫌なことをすっかり忘れてしまえる。独特のルールが、店の秩序を守って、雰囲気を良くしているのかもしれない。そして、何より、懐にやさしいのだからありがたい。
そんな風に日曜日はその週の競馬を振り返り、気持ちを切り替えて、翌週へのモチベーションを上げていく。かっこよく言えばこういうことなんだろうけど、実際は散々愚痴って、モヤモヤした気持ちを吹っ切って、翌週の競馬に性懲りもなく儲けの算段を始めるといったところかもしれない。このサイクルをどれだけ繰り返しているのだろうか。進歩がないと思いながらも、これが本当に楽しい。
今、大衆酒場がブームになっているらしい。先日、某横丁に行ったら、一組2時間までですと言われた。それくらい次から次へとお客さんが入ってくる。サラリーマンに年配の方は勿論、若い人たちの集団と外国の人が実に多かった。そして例外はあるにしても、皆、楽しそうに飲んでいる。
考えてみたら大衆酒場に来ている人たちも自分と同じような人が多いのだろう。
その日、その日にあったことを消化できずに立ち寄って、いろいろ話したり、アルコールを少し飲んだりしながら発散する。そして、翌日からの仕事へのエネルギーにする。
そう思うとようやく自分も社会の一角をになったような、立派ではないにしても大人の仲間入りができたような気がしてきた。
それでも愚痴ばっかりじゃ芸がない。今週は少し儲けて、いつもよりは少し高い肴でご機嫌に一杯やろう。それにはピッタリのGIレースかも。
美浦編集局 吉田幹太
吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。