その瞬間は顔から血の気が引いたと言わざるを得ない。

4月20日福島競馬場、その日のメインレースであるGⅢ・福島牝馬Sは向正面でシンリョクカ、ライトクオンタムの2頭が転倒し落馬。すぐに起き上がって放馬した2頭の馬とは対照的に木幡初也騎手、吉田隼人騎手はその場でピクリとも動かない。ましてや、その僅か10日前には悲しい出来事があったばかり。偶然にもその日は福島出張。目の前で起きたアクシデントに気が気でなかった。

 

 競馬場内を聞いて回りその日のうちに無事は確認できたものの、後日発表された木幡初也騎手の診断結果は「右尺骨骨折」。シンリョクカもキ甲骨折の重傷を負ってしまった。人馬ともに骨折で済んだと言っては申し訳ないが、あれだけの事故があったことを思えば気の毒ながらも不幸中の幸いだったように思う。

 

 しかし、事故から約2カ月で復帰した木幡初也騎手はいきなり今年の初勝利を含む2勝の活躍。そして9月1日の新潟記念ではシンリョクカとともに先頭でゴール板を駆け抜け、騎手、馬、厩舎、馬主とすべてにおいて初めてとなる重賞制覇を達成した。スピード復帰と重賞制覇の裏で何があったのか。木幡初也騎手に話を聞いた(取材日9月18日)

夏場、北海道出張だった私は久しぶりの再会となりました

 

――落馬事故で骨折の重傷を負いながら2カ月で調教騎乗を再開。7月にはレースに騎乗し、勝ち星も挙げました。早かったですね。

木幡初也(以下木幡) 実は骨折は粉砕骨折で、中で骨が粉々になっていました。ただ、怪我をする前からトレーニングをしっかりしていましたし、もともと高タンパク、低脂質の食生活を送っていましたからね。自分はタバコも吸いませんし、アルコールも毎日毎日摂るわけではないので、ある意味健康体だったことで血の巡りが良く、それが早期の回復につながったのかもしれません。

 

――でも、リハビリは大変だったでしょう。

木幡 骨折の手術をし、まずは皮膚と癒着した骨を剝がす作業から始めました。当初は手をグーに握れないほどパンパンに浮腫んでしまって。うっ血した血の巡りが良くなるよう、毎日毎日時間さえあれば手をグー、パー、グー、パーと握って浮腫みを取っていきました。大変でしたが、リハビリの大切さを痛感しましたね。後からリハビリをするのではなく、初期段階から早期に細かいリハビリを始めたことが後の大きな回復につながりました。早く復帰できたことで筋力がそれほど落ちなかったのも良かったです。1週、2週と遅れればそれだけ筋力が落ちて、戻すのにまた時間がかかりますから。

 

――4月20日に落馬し、6月25日には調教騎乗を再開しました。久しぶりに馬に乗ってどうでしたか。

木幡 馬に乗るのが久々だったので少しフワフワする感じはありましたが、それでも違和感なく乗れました。実は右腕の怪我した部分にはまだプレートが入っているんです。でも、問題はなかったですね。

右腕には痛々しい手術跡が 今も中にプレートが入っているという

――レースに復帰した日に今年の初勝利、翌日には2勝目を挙げました。

木幡 怪我する前と何が変わったとかは特にないんですが、スピードのある、力のある馬に乗せてもらいましたからね。勝てて良かったです。

 

――そしてシンリョクカとのコンビで新潟記念を迎えます。久しぶりに跨って馬の様子、状態はどうだったんですか。

木幡 キ甲の骨折だったのでしばらく鞍を乗せられないなどはありましたが、走りに影響はなかったです。それよりも心配したのは精神面ですね。実は走りに変わりはなかったんですが、いつもテンションの高い馬が新潟記念の前は妙に大人しかったんです。落馬により闘争心がなくなってしまったのか、何かトラウマになってしまったのではないかと凄く心配したんですが、終わってみれば勝ち切って結果を出してくれたし、こっちの杞憂でした。ただ単に大人になっていただけで、落ち着いていたのはいい方に出ました。本当にメンタルの強い馬です。牡馬ならまだしも、牝馬は繊細なところがありますからね。後遺症がなくて、本当にシンリョクカを尊敬します。

 

――新潟記念は2番手から抜け出しての快勝でした。

木幡 正直重賞を勝ったアリスヴェリテよりハンデが重い54キロだったので、見込まれたかと思いましたが、よく勝ってくれました。初めて重賞を勝たせてもらいましたし、乗せ続けてくれたオーナー、先生、スタッフには本当に感謝しかありません。勝ったことで少しは恩返しできたのかなと思います。まだ1勝馬でしたし、阪神JF2着の賞金しかなかったので、賞金を加算できたのは大きいですね。これでローテーションが組みやすくなり調整しやすくなりました。

 

――シンリョクカの次走はエリザベス女王杯に直行と発表されています。大一番に向けて、どう見ていますか。

木幡 相手は強くなりますが、今回牡馬を相手にしっかりと勝ち切れたことは自信につながります。この馬はスタートが速いし、どんな競馬でもできる自在性が強みです。直線でもジワジワと伸びるので、京都の外回りコースにも悪いイメージはありません。チャレンジャーの立場ですが、特に不安もないので楽しみです。(9着だった)昨年とは違うところを見せたいと思っています。

 

 大事故を乗り越え、見事復活勝利を挙げた木幡初也騎手とシンリョクカ。重賞ウィナーの仲間入りを果たし、逞しさを増した人馬のこれからに注目したい。

シンリョクカ、木幡初也騎手ともに新潟記念で重賞初制覇

 

赤塚俊彦(厩舎取材担当)

1984年7月2日生まれ。かに座。千葉県出身。2008年。

X(旧Twitter)やってます→@akachamp5972

 

 以前から仲良くさせてもらっている騎手のひとりだから言うわけではありませんが、落馬事故が起きた瞬間は現地の福島競馬場にいただけに大変ショックでした。当時は心配でなりませんでしたが、幸いにも人馬ともに無事に復帰し、重賞まで勝ったことを嬉しく思います。ちなみに吉田隼人騎手も調教騎乗を再開、近々復帰とのことです。

 

 木幡初也騎手の右腕には今も痛々しい手術の跡が残ります。「触ってみて下さい」というので触ってみると明らかにガチッと硬く、骨をつなぐプレートが入っていることがはっきり分かりました。「骨の強度が強くなるまでは外せず、入れたままですね」とのこと。改めて事故の凄惨さを物語ります。人馬ともにこの後も順調にGⅠの大舞台へ向かっていってほしいですね。

 

 ここまで読んで下さった方々のために、今回シンリョクカの写真に木幡初也騎手のサインを添えてプレゼント致します(自腹です)「美人な顔のアップ」、「新潟記念のゴール前」をそれぞれ1名様に、計2名様となります。詳細は近日発売の週刊競馬ブック、または弊社webサイトのプレゼントコーナーをご覧下さい。現時点で週刊誌の掲載日や締め切りが決まっていませんので、毎週チェックよろしくお願いします。

可愛い顔のアップに「僕も欲しいです」と木幡初也騎手