無観客競馬の不安(和田章郎)

「演劇を構成するいくつかの要素」
 という命題については、昔からいろいろと言われてきました。
 昔、というのは、あまりにざっくりしていますが、〝演劇〟の起源を辿ると、その大昔ぶりは想像を絶します。
 ギリシャの代表的な建造群から、様態としての演劇が紀元前から存在しているのははっきりしていますし、更に遡って、それこそ雨乞いや作物の収穫について、アニミズム的な神々への祈り、儀式の様式こそが、演劇の素の素、という見方もあって(無論、否定的な意見もあります)、だとするなら、演劇の起源は地球に人類が登場して間もない頃、と言うことすらできるかもしれません。

 それを踏まえての〝演劇を構成するいくつかの要素〟を考えるといろいろと興味深い考察が広がります。
 代表的な三つとして挙げられるのが〝脚本(台本)〟〝演出〟〝演者(役者)〟。
 これに続いて〝舞台〟があって、それこそ昔から意見が分かれながらも、構成要素として認められたものに〝観客〟があります。
 実のところ三大要素についても、様々な意見があるようですが、ここでは細かいことはさておいて、ともかく〝観客〟に焦点を当てます。

 ご存じの通り、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2月29日から無観客による競馬が開催されています。

 演劇の構成要素に、なぜ観客が含まれるのか、と言えば、戯曲とか台本と呼ばれるものは基本的に公演、すなわちお客さんの前で演じられるものとして書かれているから。言うまでもなく競馬は演劇とは別モノですが、まったく個人的に競馬は〝演劇的要素〟が満載である、と考えているので、以前からお客さんがいない状態での競馬がはたして成り立つのかどうか、と懐疑的な立場を取っていました。
 しかし一方では、競馬がスポーツである以上、無観客でも競技自体は立派に成立するはずだ、という思いもありました。いやどちらかと言えば後者の意識の方が強かった。

 そして無観客開催がスタートして7週間が過ぎ、しっかりと成立しています。やはり競馬はスポーツである、と再認識したわけなんですが、ところが…。
 どこかにポッカリ穴が空いた感が否めない。気持ちが乗り切れないと言うのか、いつもの昂揚感がないのです。

 これと同じことが、いや、より強く感じられたのが大相撲の3月の大阪場所でした。
 相撲は朝早くから取組がありますので、例えば三段目くらいまでは、お客さんもほとんど来場されてないことが多く、館内ガラガラ、という状態も経験があります。でも、それもメインイベントを盛り上げる効果のうち。
 それも含めて、誤解を恐れずに言えば、相撲の場合は純粋な意味でのスポーツとはちょっと違うので、正直なところ無観客は厳しいのではないかと思っていましたが、案の定という感じでした。
 相撲を観ない方にはわかっていただけないかもしれませんが、典型的なところで炎鵬関の相撲など、一挙手一投足に大歓声が伴ってこそ輝きを増す、なんてことを感じたファンは多かったはず。また炎鵬関に限りませんが、時間前の仕切りの際の緊張感なども、いつもとは全然違って映りましたし、力士のぶつかり合う音がクリアに聞こえたりすると言っても、動きそのものに通常の迫力が感じられたかどうか。
 単純に言ってしまえば、面白くない。

 馬券の当たり外れが絡む競馬ですと、面白いか面白くないか、楽しいか楽しくないかは、その結果次第なところがあって、人それぞれになります。でもそれは観客がいようといまいと関係ありません。いつも通りのこと。それなのに面白みが薄い。無観客の現場にいても、テレビ観戦でも、という感覚になったのは自分でも意外でした。

 しかしながら、馬券の売り上げ自体は、前年比でおおよそ80~90%で推移。世の中が暗いムードに包まれていることを思えば、大健闘と言えるでしょう。これまでも「現場で観なくて一向に構わない」と豪語する人もいましたが、そういう皆さんにしてみれば、「ほらごらん」みたいな感じなんでしょうか。
 でも、ですよ。
 高松宮記念、大阪杯、桜花賞といったビッグレースがあっても、売り上げの前年比は同じような水準でした。この現象、心を落ち着けて、冷静に考えてみて、ちょっと危ない面を孕んでいるのではないか、と思えてなりません。

 これまで馬券を買ってきた人は、買い控えでもしない限り、無観客でも買ってくださっているのだと思われます。その観点で言えば、競馬場、ウインズが閉まっていて、その現場で紙発券分がないのなら、上記の売り上げ減の比率は当然と言えば当然です。
 ただ、ここで気になるのが、この先の売り上げ増が期待できるのかどうか。
 つまり根本的な問題として、無観客競馬では新しいファンを開拓することができないのではないか、ということです。

 今さら何を、という話になるかもしれませんが、ライブの臨場感なくして、競馬の本質的な魅力は理解しにくいでしょうし、伝えることも難しい。
 広大な場所で風を感じ、地響きを聞き、空気そのものを体感する。ファンが一体となって声援を送り、熱狂する姿を見て、走る馬とのつながり、のような熱を感じる。こういったことは、テレビ観戦であっても間違いなく伝わるもの。それが「競馬って面白そうだ」という感覚を呼び起こすのではないでしょうか。
 上述した「現場に行かなくてもいい」と言う人だって、一度くらいは競馬場に足を運んだことがあるんじゃないでしょうか。その魅力をわかっている上で斜に構えるのは結構ですが、魅力をまだ知らないでいる人達に、「じゃあ競馬の何が面白いのか」と問われた時に、どのような説明をするのでしょう。

 桜花賞に続いて、皐月賞も無観客競馬で行われます。その先のGⅠシリーズも現状は不透明なまま。
 売り上げがそれなりの水準をキープしているうちに、このまま〝無観客競馬〟と呼ばれる開催スタイルが、〝ナイター競馬〟のように、競馬開催のひとつの形態、フォーム、コンテンツとして定着したりしないか?緊急事態下のことですから、そんなことまで不安がるのは、さすがに行き過ぎかとは思います。
 ですが無事に開催そのものが続けられている今だからこそ、競馬の魅力を声高に言えるよう、しっかりと見つめ直し、向き合っていきたいと、いくしかないと思っている日々です。

和田章郎(編集担当)
昭和36年生まれ 福岡県出身 AB型
1986年入社。編集部勤務ながら現場優先、実践主義。競馬こそ究極のエンターテインメントと捉え、他の文化、スポーツ全般にも造詣を深めずして真に競馬を理解することはできない、がモットー。東日本大震災の時以上のパラダイムシフトが求められているのではないか、と真剣に思う今日この頃。