前々回のコラムでは兄弟騎手によるワンツーの記録を取り上げました。端緒はデムーロ兄弟による桜花賞ワンツーでしたが、それから約3カ月後、JRAでは再び、兄弟ワンツーの快挙が話題となりました。ただ、今度は〝人〟ではなく〝馬〟。
 6月29日函館のTVh杯(古1600万下・芝1200m)で、同じ栗東・領家厩舎のファインチョイス(牝4歳)と、その全弟アットウィル(牡3歳)が顔を合わせ、ファインチョイスが優勝。1馬身半差でアットウィルが姉に続き、見事に兄弟馬ワンツーを決めたのです。ゴール前のシーンを振り返ると、それはあたかも、〝頼りになるお姉ちゃんの後を弟が一生懸命追いかける〟といった趣があり、何だか非常に微笑ましいものでした。

▼異性兄弟だからこそ
 ところでJRAにおける競走馬の兄弟ワンツーですが、記録として確認できるものではこれが10例目だそうです。これまでの記録を見てみると、それら10組の兄弟の内訳は、兄と弟が一番多くて5組、次いで姉と妹の3組。つまり、10組中8組までが同性の兄弟によって達成された記録となっており、異性の兄弟によるワンツー記録は今回のファインチョイス(姉)とアットウィル(弟)。そして、遡ること40年前、1972年中山大障害のナスノセイラン(姉)とナスノヒエン(弟)と、僅かに2例を数えるのみでした。
 そこでふと気がついたのが、〝何だか微笑ましい〟と感じたその理由。これはおそらく、ファインチョイスとアットウィルが異性兄弟であればこそ、なのでしょう。たとえば、同じ分野で活躍する兄と弟、あるいは、姉と妹の場合はどうか……。確かに兄弟だからこそ心が通じ合う部分もあるのでしょうが、その一方で、〝男の矜持〟とか〝女の意地〟とか、互いに同性であるがゆえの少々ややこしい感情も芽生えがち。ややもすると、それが過度のライバル心となり、更にエスカレートすると敵愾心に発展して、兄弟でありながら口も利かない仲になるのも決して珍しくない話です。もちろん、猛虎軍団で活躍する、新井兄弟のようなケースもありますが……。
 まあ、いずれにしてもこれは、人間ならではの感情なのかも分かりません。しかし、観る側の我々は(少なくとも自分は)、そんな感情を抱いてターフ上の兄弟対決を受け止めてしまう、そんな傾きにあるようです。

▼単勝1.8倍の兄を負かした単勝114倍の弟
 ただ、男馬兄弟の対決でも、ジンワリと感慨深い気持ちにさせられる、そんなレースも存在します。たとえば2001年の中山大障害。4角先頭から押し切るかに見えた兄ゴーカイを、4歳年下の弟ユウフヨウホウが差し切ったレースもそのひとつでした。
 弟が並ぶ間もなく兄を抜き去ったその瞬間、自分の頭をよぎったのは〝仁義なき兄弟対決〟といった類のフレーズ。若い世代からは笑われてしまいそうですが、昭和という時代にドップリ浸かった思考回路で思いつくのは、だいたいそんなところ(笑)。ただ、この時に兄弟2頭が置かれていた立場を冷静に振り返ると、そんな、〝勝負の厳しさ〟とはまた違った感覚にとらわれてしまう……。
 まずは兄のゴーカイ。こちらは詳しい説明も不要でしょうが、中山グランドジャンプ2勝を含めて障害重賞に計4勝、最優秀障害馬にも2度輝いた名ジャンパー。このレースでも単勝1.8倍という断然の支持を得ての出走でした。一方、弟のユウフヨウホウは障害で通算23戦2勝という成績。勝ち星は未勝利戦とこの中山大障害だけで、他には重賞5着が2度あるだけ。本来、障害王の座を狙うには少々力不足だったことは否めず、この時も10頭立ての10番人気、単勝は実に114.7倍という低評価でした。
 しかし、この年の中山大障害はゴーカイ以外の有力馬が次々と姿を消していくという波乱の展開(②③④⑧番人気が落馬)。残った馬にとっては、〝難敵ゴーカイさえ倒せれば〟という状況になったのです。単勝最低人気のユウフヨウホウにとっても、それはまさに千載一遇の好機。既に障害王として君臨していた兄ゴーカイ。生涯に1度あるかないかというビッグチャンスを得て追い込んできた弟。満を持して4角先頭に立った兄も、懸命に追い込む弟の姿を見て勝利への執念が少々緩んでしまったのではなかろうか……。そんな想像を掻き立てられる、あの日の中山大障害でした。

 ところで、その中山大障害をはじめ、障害戦がやたら目につくというのもこの兄弟ワンツー記録の大きな特徴と言えるでしょう。なにしろ、障害戦というのは全レース数の約4%に過ぎません。それにも拘わらず、兄弟ワンツー10例のうちの4例までが障害戦というのは、まさに特筆すべき占有率です。競走馬にとって、〝障害飛越〟というのはある意味、特異な能力。それを文字通り〝お家芸〟とするファミリーが存在することを、このデータが雄弁に物語っていると言えるでしょう。今回のコラムで紹介したユウフヨウホウも、兄ゴーカイとの対決だけではなく、2002年の中山大障害では1歳下の弟マイネルユニバースとも対決しています。結果は兄が7着、弟は無念の落馬に終わりましたが……。

美浦編集局 宇土秀顕