9月15日の夜。ニエル賞のキズナ、フォワ賞のオルフェーヴルを見届けて、午後11時半就寝。栗東でもすでに強い雨が降り続いていたが、その時点ではむしろ翌日の中山競馬の開催が案じられた。

 16日の午前3時前に目を覚ますと前夜を上回る激しい雨音。これでは4時に馬場が開いてもすぐに馬が出てくることはないだろう。そう思いつつとりあえずトレセンへ。車を降りて調教スタンドに向かうわずかな時間、傘を差してもびしょ濡れになるほどの降り方だった。3時過ぎに調教スタンド3階に上がって隣室の係員に尋ねると「地下馬道が水没しています。坂路もウッドチップが流れてダメですわ。馬場は10時に開場予定ですが、どうなることやら。たぶんあきません」との答え。馬場が「開きません」のか、その他諸々「あきまへん」のか不明だが、いずれにせよ午前10時まではすることがない。出かける前に電話で確認すれば良かったのだが、台風で午後乗りになるとは思ってもみなかった。過去にも台風による午後乗りの例はあっても、これまで台風なみの雨や坂路を登れないほどの強風の中でも粛々と追い切りは行われる場合が多かったのだ。豪雨のなか一旦帰宅。用水路を溢れそうな勢いで水が流れている。

 午前5時半に栗東市から「大雨特別警報発令」のメールが届く。「当地域に大雨特別警報が発令されました。経験したことのないような異常な現象が起きそうな状況です。ただちに命を守る行動をとってください」と。それを受けたかのように風もどんどん強くなってきて家がビリビリ震える。「命を守る行動をとってください」と言われても、具体的にどうすればいいか、いざとなると分からないものですね。命を守るためにウトウトしたりニュースを見たりしながら過ごす。中山競馬の中止と翌17日の代替競馬、追って阪神競馬の中止も発表された。

 午前9時になったので、再度トレセンに向かう。近くを流れる金勝川は水かさを増して濁流と化しているが、雨も風も弱くなって、普通の雨の日と変わりない。トレセン構内に入ると引き運動の馬がポツリ、ポツリ。乗っている馬がいないのをいぶかしく思いながら調教スタンドに着いて確認すると馬場開場は正午だと。出かける前に電話で確認すれば良かった。坂路コースを映すモニターを見ると、明るくなったので状況がよく分かる。蛇行した川のようにウッドチップの流された跡がはっきり映っている。深くえぐられているような場所はなさそうだが、薄くそぎ取られるだけでも面積が大きいので量としてはかなりのものだろう。CWは目視できる範囲に限っても1~2コーナー内側のウッドチップが流失していて、ここも閉鎖。ダートのEコースは出入り口の段差が決壊(?)して砂が流れている。3分でそれらを確認して再度帰宅。

 午前11時を回ったので三たびトレセンへ。引き運動をしている馬がどれもうるさい。カイバも食ったし、午前中閉じ込められていたしで仕方ないよね。前日の日曜に追い切られた馬が結構いて(CWとPだけでも70頭ほど)、運動だけで済ます馬も恐らく相当数いるので、通常の日曜調教班の人数でも採時は楽々こなせるだろうと考え、この時点ではのんきに構えていた。Eコース入り口はトラクターと人力で修復工事中だ。ソバで腹ごしらえ。

 正午少し前に馬場が開くと、Eコースの入り口からゾロゾロと途切れることなく馬が出てきた。Eコースはポリトラックへの通り道だ。坂路とCWが閉鎖されているので、追い切りに使用されるのは実質ポリトラックのみ。競馬開催がないため厩舎スタッフが全員揃っていて、厩舎一軒あたり一回で乗れる馬の数が追い日と変わらない。しかも、普段は坂路で乗る馬も加わって、出てくる数は水曜朝一番のCWより多いくらい。要するにほぼ全馬がポリトラックを目指すわけだ。これらがEコースの2コーナーまでダクやキャンターで進んで、ポリトラックに入る。復旧なった地下道を通って3コーナー手前の入り口からポリトラックに入るものもいる。これら15─15にならないものも、13秒/F前後のスピードで併せるものも、緩急入り混じってゴールに押し寄せる。馬が高速ベルトコンベヤーに乗って流れてくるようだ。うーん、これまでに経験したことのないような現象。しかし、その眺めに感心している暇はない。時計を押して押して押しまくる。…といいたいところだが、4コーナーで遅いのと速いのが交錯してどれがどれか分からなくなるし、時間が経つにつれ逆光になるし、午後から眼精疲労が顕著な40代後半の今日このごろという個人的事情もあって、ほとんど若い人に頼る始末。それはともかく、「全天候馬場」ニューポリトラックの威力がよく分かる日でもあった。前日からの積算推定300ミリの雨を溜めてぬかるむことなく、数百頭(以上?)の馬場入りにも荒れることなく、最後まで走りやすい状態を維持していたように見えた。それだけに、途中で整地のためのハローが入らないので、こちらも休憩なし。ようやく馬の数が減ったのは午後3時を過ぎてからだった。くたびれた。最後、午後4時前に芝コースで6頭が追い切ったのを見て、4時間にわたる午後乗りが終了した。

 その後の懸念。われわれ競馬ブックの者は栗東在住なので問題ないが、他社には大阪に帰社しなければならない記者もいた。その日の滋賀県はJR琵琶湖線運休、京阪京津線不通、信楽高原鉄道橋梁流失、名神高速と京滋バイパスが不通、国道1号線も通行止めという陸の孤島。どうやって帰ったのだろう。瀬田川下っていったかな?

栗東編集局 水野隆弘