私事で恐縮だが、数年前からバドミントンに嵌まっている。この歳になってからの技術体得は容易でなく、頭ではイメージできても体が理想通りに動かずなかなか上達しない。悪戦苦闘しているのは傍目にも明らかで、キャリア豊富でスキルを備えた周囲の方々からしょっちゅうアドバイスをいただくのだが、「ラケットを振る時の手足の動かし方、重心移動はボールを投げるのと同じだよ」だとか、「手首と肘から下の回内回外の動きは体温計を振る感じで」だとか、みなさん、初心者への説明がとても上手で助かっている。

 競馬はどうだろう。バドミントンのラケットワークのたとえとして挙げられた「ボールを投げる」、「体温計を振る」はもうずっと昔の幼い頃からしてきた動作なのでスンナリとイメージを持てるのだが、これが騎乗技術や馬と人とのコミュニケーションの話となると、たいていの競馬ファンはイマジネーションの領域になる。「引っ掛かる」は見た目に分かることが多いし、「手前を替える」「手前を替えない」も注意して観察すれば把握できるが、「ハミを取る」「ハミを外す(抜く)」「ハミをさらう」「ソラを遣う」はことさら難しい。手掛かりとなるのは、騎乗者の言葉だけなので機会があればさりげなく彼らの感覚を聞き出すようにしているが、「ハミを外すって言っても実際に外しているわけではないんだけどね」「ハミを外している状態だと頼るものがない感じ」などと言われれば、確かにそうなんだろうが、自分に騎乗経験があればもっといろいろなことを感じとれるのにといつも思う。 ちょっと前に、そのだけいばの木村健騎手とイベントでご一緒することがあり、皐月賞に出走するサトノクラウンに話が及んだ。山田 「サトノクラウンの弥生賞について、調教師は「先頭に立ってソラを遣う面が見られたのでその点を踏まえて調教した」とコメントされていましたが、気を抜くやソラを遣うというのは、見ている側には判断が難しいです。どんなところで分かりますか?」  木村健 「ハミを抜くと明らかに首を使わない走りになります」。なるほど簡潔だが分かりやすい。馬込みで周りを気にしてハミを取らない場合も、姿勢が高くなって首を使わないことが多いので、起因する気持ちは違っても、集中できていないという意味では同じなのだろう。

 あれだけ大きくて、本質的に怖がりで逃げることを本能としている草食動物をレースで走らせて、競わせる。当然のように毎週毎週、馬が走ってレースが消化されているが、何年競馬の仕事に携わっていても、凄い競技だという気持ちが常に心にある。トレセンに入る前段階の馴致ではもちろん、トレセンに入ってからも学ぶことは山のようにあり、競馬では、輸送をクリアできるか、ゲートで我慢できるか五分に出られるか、折り合えるか、馬込みに入ったりや砂を被る形でも問題ないか、コーナーを膨れずに曲がれるか、直線でスムーズに手前を替えられるかなど…競走馬は多くのことを身につけなければならず、また、年々要求されるレベルも上がっているから大変だ。 それもこれも、見ているだけだから、本当の厳しさは分からないが、できることは見守り続けること。愛情を持って「今日はどんな精神状態なのかな。上手に競馬ができるかな」と一頭一頭に対して親身になれば、馬たちが発するサインに気づき、「ハミを抜く」や「ソラを遣う」のような難しい競馬専門用語をスンナリと理解できるようになるのかもしれない。

栗東編集局 山田理子

山田理子(調教・編集担当)
昭和46年6月22日生 愛知県出身 B型
調教は障害コースとダートのBコースの採時を担当。2、3週に一度の割合で日曜は坂路へ。日々観察する馬たちの微妙な変化を察知して、“買い”の時を狙い撃ちするのが馬券のモットー。できるだけ点数を減らしたいので、常に危ない人気馬も探している。週刊誌では、ニュースぷらざなどを担当。