ジワジワと高齢化(宇土秀顕)

 

 

 今年、めでたく後期高齢者の仲間入りをした母親が、某旅行会社の北海道ツアーに“お一人様”で参加してきました。釧路湿原や知床半島を巡って、最終的には宗谷岬まで全部で4泊5日の行程。見学地のひとつだった野付半島では(地図で見ると馬の尻尾のようなアレ)、本来は観光馬車で周遊するコースをテクテクと歩いて、その突端まで行ってきたとのこと。「平坦な道ならまだまだ大丈夫」とは本人の弁ですが、うちのカミさんを誘って山形の月山に登ってきたのはまだ昨年の秋のこと。実の母親が元気なのは大変有難いことですが、はたしてこの元気なおばさん、いや、おばあちゃんを“後期高齢者”と呼んでいいものか?
 しかし、私の母親がレアなケースなのかというと、そうとも言い切れません。例えば、今年で50歳の大台を迎える私が「あんたはまだ若いんだから」と言われてしまう……。それが山の上での日常。確かに、現役世代の多くが就業日となる平日の山行ではありますが、それにしても、ぐるりと周囲を見渡すと、人生の先輩方(それもかなりの先輩)が実に多いこと。で、登りはともかく、下りになるとそんな先輩方が豊富な実戦経験を生かして、ひょいひょいと若い連中(恥ずかしながら自分も含む)を追い抜いて行く、そんな光景もしばしば……。
 まあ、日本の社会全体が高齢化に向かって進んでいる訳ですから、山の上も山の下も、北海道も九州も、そこかしこが巣鴨化していくのは自明の理。ただ、近年、高齢者が元気なのは決して人間の世界だけではないようです。競走馬の世界もまた同様……。
 さて、ここからやっと本題です。

▼オールカマーに見る高齢馬出走数の増加
 近いところを例に採ると、先月の中山で行われたオールカマーでは2頭の9歳馬の出走がありました。マイネルキッツが8着、ネヴァブションが13着。どちらも好結果を残すことはできませんでしたが、この2頭の参戦により、オールカマーでは最近10年で計7頭の9歳馬が出走したことになります。ちなみに、その前の10年(93~02年)で9歳馬の出走は僅かに1頭、前の前の10年(83~92年)になると出走はゼロ。つまり、過去30年間で計8頭出走した9歳馬のうち、実に7頭がこの10年で出走したことになります。更に突き詰めると、そのうち5頭は最近5年での出走でした。

 また、8歳馬も同じように見てみると、最近10年では6頭が出走しているのに対して、93~02年は2頭、83~92年は1頭のみ。出走実数という観点では、8歳馬も9歳馬もまだまだ“少数派”には違いありませんが、ジワジワとその勢力を拡大してきたことは確かです。今のところ、その高齢世代が上位争いするには至ってませんが、8歳、9歳世代から優勝馬が出るのも時間の問題かも知れません。実際、このオールカマーだけでなく、すべてのJRA平地重賞を俯瞰してみると、高齢馬の重賞制覇が確実にその数を増していることが分かります。

▼息子のような馬と走る
 JRAの歴史の中で、初めて重賞を制した8歳馬は1985年アルゼンチン共和国杯のイナノラバージョンでした(当時の年齢表記では9歳)。これはJRAが創設された1954年から数えること、実に32年目にして達成された快挙。この事実だけでも、長い間、8歳、あるいはそれ以上の高齢馬にとって、重賞の壁がいかに厚いものだったかが分かります。実際に、2頭目の8歳の重賞ウイナー誕生には、そのイナノラバージョンから9年の歳月を要しました。それが1994年の関屋記念を制したマイスーパーマンです。

 しかし、3例目の8歳馬による重賞制覇となるフジヤマケンザン(金鯱賞)の記録はその僅か2年後の1996年。4例目のテンジンショウグン(日経賞)は更に2年後の1998年。5例目のサイレントハンター(新潟大賞典)は2001年。この頃になると8歳馬の重賞制覇は、ほぼ“隔年級”のできごとになります。余談ですが、このサイレントハンターの前年、2000年にはミスタートウジンが実に14歳(当時の表記で15歳)で銀嶺Sに出走し、自身が持っていたJRAの最高齢出走記録を更新。この記録は現在も破られていません。
 そして、サイレントハンターの翌年、2002年のシルクロードSでは、遂に9歳馬の重賞ウイナー・ゲイリーフラッシュが誕生。デビューから62戦目での重賞制覇は、重賞制覇までに要した最多レース数の記録でもありました。また、そのシルクロードSひと月前には、ブロードアピールがガーネットSに優勝。こちらは史上初の8歳牝馬による重賞ウイナーとなりました。
 このあたりから、高齢馬の活躍は一層顕著なものになって行きます。2度の例外(04、06年)を除いて、8歳以上馬による重賞制覇が1年間に3~5回の頻度で見られるようになりますが、そんな中、2007年の2月25日には阪急杯でプリサイスマシーンが1着同着、中山記念ではローエングリンが勝利を飾り、東西で同日に8歳馬が重賞を制覇。また、2008年の小倉大賞典ではアサカディフィートが実に10歳での重賞制覇という鉄人記録ならぬ、鉄馬(?)記録を樹立してみせました。ちなみにその翌年の小倉大賞典がアサカディフィートの現役最終戦。11歳馬に課せられたトップハンデの57.5Kはいかにも重く、結果は最下位に終わりましたが、この現役最終戦で隣の枠に入った馬がバトルバニヤン。その父であるジャングルポケットは1998年生まれで、アサカディフィートとは同期生ですから、感慨深いものがあります。
 更に2009年には、以前にもこのコラムで取り上げたカンパニーが8歳馬による史上初めてのGⅠ制覇という快挙を達成。しかも、秋の天皇賞、マイルCSとG1に2勝、他にG2の中山記念と毎日王冠を制して1年間で重賞4勝。8歳馬としては破格の成績を残してみせました。
 そして今年。実はここまで8歳以上馬の重賞勝ちはゼロで、高齢馬の活躍は今年ひと息ついた感があります。これは高齢化を辿る過程での、あくまでも一時的な“後戻り”現象なのか、あるいは、また潮目が変わる兆候なのか……。この秋の後半戦、更には、来年度以降の高齢馬の戦いを見守って行きたいと思います。


10歳で重賞制覇を飾ったアサカディフィート

▼キッカケは年齢表記??
 さて、最後に大発見(?)が。前述したように、過去の記録を遡ってみると、8歳以上馬の重賞制覇がほぼ毎年、見られるようになったのは2001年のサイレントハンターから。そう、この2001年こそ、まさに競走馬の年齢表記が数え年から満年齢に改定された年ではありませんか!! それまで、“10歳”と呼ばれていた世代が“9歳”に、“9歳”と呼ばれていた世代が“8歳”に……。「君らは本当はまだ若いんだよ」周囲からのそんな声が若返りの原動力になったとすれば、これぞまさしく暗示療法。顧みると、自分もそんな風に声をかけられると必要以上に颯爽と山道を歩いたりするものです。私の場合、あとで必ず反動が出ますけどね……。おわり。

美浦編集局 宇土秀顕