2015年回顧(青木行雄)

 今年も残すところ、あと一カ月と少々。2015年はどんな一年だったのかを振り返ってみたい。

「1月」
 プラチナチケットが当選し、横浜でサザンオールスターズの年越しライブを観賞。そこまでは良かったのだが、JR横浜線が終夜運転をしておらず、迂回に迂回を重ねて宿泊地の相模原まで3時間以上要する始末。いきなり波乱の幕開けとなった。中旬には有給休暇を取って東京へ遠征したついでに、オグリキャップのラストラン以来、20数年ぶりに中山競馬場を訪れる。

「2月」
 有給休暇を取って真冬の札幌ツアーを敢行。札幌競馬場にも出向いたが、当然ながらあたり一面真っ白。パドック周辺は雪で埋もれており、立ち入り禁止になっていた。やはりパークウインズの状態ではお客さんも少なめ。夏の大混雑を経験してきただけに、ちょっと淋しさも感じられた。すすきののウインズは賑わっていたが。

「3月」
 比較的おとなしく過ごしていた印象。阪神開催が続くので土曜朝の調教取材を終えると、午後からはゆったり過ごせるのが魅力。昨年はちょっと国立競技場まで行ってみたりもしたが、今年はそこまで無茶はせず。

「4月」
 またまた有給休暇を取って今度は福岡へ。メインイベントが行われる地は博多だったが、前日入りして宿泊は小倉で。夏が北海道の出張になってしまったので、この地を訪れるのは1年半以上の久々。懐かしい顔にも再会でき、有意義な時間を過ごせた。博多へ向かう前には小倉競馬場にも足を運んだが、土曜午前とあってさすがに熱気はひと息。

「5月」
 北海道出張に向け、そろそろ準備が必要な時期。水、木曜の朝は仕事場を坂路からコースに移して採時の練習。京セラドームでのライブ観賞のために一日、有給休暇を取ったが、日中は時間があったので超久しぶりに道頓堀と難波のウインズへ。競馬ブームだった頃と違い、混雑は随分と緩和されていた。ただ、イスや台が圧倒的に少なく、長時間滞留するのは正直かなりキツかった。

「6月」
 いよいよ北海道出張の始まり。今年で2回目とあり、昨年ほどドン底の精神状態にはならず。関東TMさんとの交流は昨年以上にあったし、地元のいい知り合いもできた。山登りという趣味もでき、昨年に比べても函館がかなり好きになれた。

「7月」
 楽しかった函館が終了し、名残惜しい気持ちで月末に札幌へ移動。このまま裏函に残れたらなあ、なんてこともちょっと考えたが、現状の私のスキルでは裏函の激務はこなせまい。

「8月」
 札幌生活ビッシリ。ただ、ライブ観賞のため月、火曜の休みを利用して2回東京へ遠征。その分、札幌で遠出をする機会は少なかった。終盤に積丹へ出向き、ウニを食するツアーを敢行したものの、前日の無茶が響いて体調が最悪。ほとんど味が分からなかったのは痛恨の極み。

「9月」
 3カ月の北海道出張が終了。帰りは初めてフェリーを利用したが、ノンビリ派の自分にはこれがドンピシャ。札幌ではそれなりに忙しくしていたため、ゆったりと流れる時間がとても心地よかった。また、下船の地に選んだ新潟も非常にいい街。競馬開催に合わせて来年の5月あたりに再訪してみようかとも考えている。

「10月」
 GⅠシーズンに入るとはいえ、関西エリアの裏開催がなく、比較的ゆったりできる時期。またもやライブ観賞で一日、有給休暇を使う。ライブというよりは着席での観賞でコンサートという感じ。頑張って若いノリにも対応はしているが、歳のせいか、最近はこちらの方が快適になってきた。

「11月」
 暮れの中京開幕を控え、少しゆったりできるのもあと僅か。来年の出張プランの草案ができる時期でもあり、どうやらとりあえずもう1年、北海道フル参戦となりそうな雰囲気。

「12月」
 年間を通して予想と馬券が低調だったが、奇跡のV字回復!

 といきたいものですが、果たしてどうなることやら。

栗東編集局 青木行雄

青木行雄(調教担当)
昭和44年8月7日生 大阪府出身 A型
1993年入社。若い頃から、ほぼずっと坂路調教を担当。2014年に初めて本格的に北海道に出張。最初はノリ気でなかったが、仕事はともかく北海道自体は徐々に好きになり、今では冬に有給休暇を取って訪れるまでに。