第6歩目 しるしのイメージ(唐島有輝)

 「プレイステーション5 ×ボタンで決定に」
 数年前、上のようなネットニュースが話題になりました。PS4まで「○ボタン→決定、×ボタン→キャンセル」だったのが、海外の基準に合わせてPS5では「×ボタン→決定、○ボタン→キャンセル」に変更されるという記事です。
 私はPS4は持っているのですが、遊ぶゲームといえば「ウイニングポスト」と「ゴジラ」と「ジュラシックパークを作るヤツ」くらいですし、今のところPS5を購入する予定はないので、コントローラーの仕様が変わる件も「ふーん」くらいにしか思いません。

 それより興味深いのが「日本と海外では記号に対するイメージがまったく違う」ということです。

 日本人にとっての○は「正解」とか「OK」など肯定的なイメージ、×は「間違い」とか「NG」など否定的なイメージです。一方、欧米では例えばテストで正答の場合は「チェックマーク」、誤答に対して「○」をつけるのが一般的のようです。
 調べていくうちに学生時代の英語の授業の記憶が蘇ってきました。そういえば、よくネイティブの先生からぬか喜びをさせられたものです。解答用紙が○ばっかりでしたから。
 あともうひとつ、授業で教わったことのなかで印象に残っているのが、「△」の使い方。我々にとっての△は「まぁまぁ」とか「間違ってはないけど……」のように○と×の中間の意味を持つ記号ですが、欧米人にとってはそのあたりの意味がよく分からないようです。優柔不断な日本人の国民性みたいなものが出ている印象で、とても面白く感じました。
 まとめると以下の2点になります。
・日本と海外では記号に対するプラスのイメージとマイナスのイメージが真逆。
・日本ではプラスとマイナスの間に連続的なイメージがあって、それを△などで表す。

 ここでようやく競馬関連の話に入っていきます。競馬で使われる記号で真っ先に思い浮かべるのが競馬新聞の予想印ですよね。

 わざわざ説明するまでもないですが、評価の高い順番に「◎>○>▲>△(新聞によっては×)>…」となっています。この序列の付け方からも分かりますが、馬に対する評価を記号で表現するのは世界広しと言えど「日本のみ」です。

 この予想印のアイデアを最初に思いついた人は天才だと思います。

 競馬新聞には成績欄や関係者の談話、調教時計など膨大なデータが記載されていますが、多いがゆえに初心者の方にはゴチャゴチャしていて難しいですよね。でも予想印があるおかげで、分かりやすさが段違い。競馬をまったく知らないという人でも「あぁ、◎とか○が多い馬が強いんだな」くらいはなんとなく理解できるはずです。もっと言えば、予想欄の人数も絶妙。1人だけではなく、かと言って100人でもない、10人前後の人数設定だからこそ、ぼんやりとでも予想の取っ掛かりが見えやすくなっています。
 予想印には不思議な魅力があります。わざわざ文章を読む必要はなく、視覚的、直感的に分かるのがその魅力のなかのひとつ。まるで予想者の無言の主張が表現されているようです。誰に見せるわけでもないのに、赤ペンで自分の印を競馬新聞に書き込んでしまうのは競馬ファンあるあるだと思います。

 しかし、この分かりやすさは日本人向け。
 先ほども書いたように、海外の競馬新聞では予想印はありませんし、当たり前だと笑われるかもしれませんが、日本の競馬新聞を読んでいる外国の方を見かけたことは一度もありません。勿論、日本語で書いてあって読めないというのが一番だと思います。ただ、実は他にも理由があるのではないかという気がして、それが日本人にとっては感覚的に分かりやすいはずの「予想印」のニュアンスが理解できないということではないでしょうか。肯定と否定のマークが真逆ですし、△の意味合いも日本とは違うのですから。
 欧米ではブックメーカーやカジノが盛んですし、「ギャンブルとしての競馬」に対するイメージも悪くはないはず。これだけ異国間の交流がある時代なら、この日本で外国人向けの競馬新聞ができる日がくる可能性もゼロではないかもしれません。
 日本競馬文化の魅力をより知ってもらうためにも、日本人にとっての印のような、外国の方にも視覚的に理解しやすいものを考えてみてもいいかもしれません。例えばAとかBとかC+とか。勿論、私が思いつくくらいなので、既に試している媒体もあるかもしれませんが、感覚で競馬新聞を読むという部分が海外ではスッポリと抜けているわけで、そこにピタリと嵌まるピースがどこかにあるような気がするのですが、どうでしょうか。

美浦編集局 唐島有輝

 

唐島有輝 1993年7月11日生まれ。2017年入社。調教班。昨年夏は3カ月ずっと函館滞在でしたが、今年は裏函のみの出張になりました。もうしばらく美浦坂路担当です。好きな海外馬はエリザベス女王杯を連覇したスノーフェアリー。他馬が止まって見えたあの豪脚は衝撃的でした。好きな海外ドラマはフレンズ。初めて見たあの日、人生で最も笑いました。