初めての口取り(赤塚俊彦)

 遡ることひと月半ほど前、4月17日、福島競馬2日目7R。大外から直線一気で前を捉えたのは小桧山厩舎のトーセンメラニー。ゴールした瞬間、鞍上の原優介は思わずガッツポーズをし、雄叫びを上げた。トーセンメラニーと原騎手は長いことコンビを組んでいながらなかなか勝てず。未勝利を勝った時は武豊騎手に乗り替わっており、15度目のコンビで待望の1着となった。それが思わずゴールした瞬間の態度に出たのだろう。

 

 よほど嬉しいんだろうなと、ゴールの写真でもプレゼントするかと思っていたところ、「口取りの方の写真をいただけませんか!」とレース終了後に原騎手からリクエストが。これにはわけがあった。

 

 「実は小桧山先生と一緒に口取りをするのが初めてだったんです」

 

 勿論、原騎手が所属する小桧山厩舎の馬で勝利するのはこれが初めてではない。

「えーと、インウィクトス、インナーアリュール、シャチ、トーラスジェミニ・・・」

聞けばスラスラ出てくるのは大したものだが、トーセンメラニーが自厩舎での5勝目だった。では、なぜ口取りが初めてなのか・・・。

 もうお気づきだろう。そう、コロナ禍により一時期は口取りそのものが行われていなかったのだ。また、知っての通り競馬場は1カ所ではない。仮に勝っても、調教師が他の競馬場に行っており、その場にいないこともある。そういった事象が重なり、今回が初めての調教師と騎手の口取り共演となったのだ。

 

 では何故、この日小桧山調教師は福島にいたのか。この日の中山メインはGⅠ皐月賞。小桧山厩舎はトーセンヴァンノをGⅠの舞台に出走させていたにも関わらずだ。

「トーセンヴァンノは助手に任せたし、大丈夫。それよりも福島の方でちょっと気になる馬がいてね」と師。

 

 トーセンメラニーの勝利から遡ること1時間ほど前、5Rの障害未勝利戦、小桧山厩舎は初障害となるアンチエイジングを同レースに出走させていた。

「初めてだけど、練習では飛越に問題はないし、不安なところはないよ」と戦前語っていた小桧山師だが、残念ながら先頭を走っていたアンチエイジングは襷部分の障害を飛越する直前に故障を発生。うまく飛ぶことができずに転倒してしまい、そのまま帰らぬ馬となってしまった。

 

「大江原騎手も怪我をしてしまったし、結果的に自分がその場にいて良かったよ」

 

 トーセンメラニーの口取り写真をよく見ると笑顔を決める原騎手の横で小桧山調教師の顔がどこか浮かない。「先生ももう少し笑顔ならいいのに」と初めて見たときは思ったものだが、すぐさまハッと気がつかされた。心の底から喜べない理由がこの日はあったのだ。

 

 しかし、そうは言ってもアクシデントがあっただけに、無事にゴールまで駆け抜けたトーセンメラニーの勝利には安堵したに違いない。

 

「GⅠでもないのにガッツポーズまでして叫んじゃってさ・・・。恥ずかしくて周りにいた調教師に謝ったよ」と小桧山師も呆れ顔。そう言いながらもどこかほっとした表情だったのは言うまでもない。

 

 次回は2人並んで満面の笑みでの口取りを期待したい。

 

4月27日撮影(撮影の時だけマスクを外してもらいました)

 

赤塚俊彦(厩舎取材担当)

1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。美浦編集部。

Twitterやってます→@akachamp5972

 今回は新潟出張時の帰りの新幹線の車内で執筆。さて小桧山厩舎と言えばトーラスジェミニ。本来なら今週行われる安田記念に出走を予定していましたが、来週のエプソムCに延期。理由を尋ねると「オーナーとも原が乗れるなら安田記念に行こうと話していたんだけど、間に合わなそうだからね。今回はエプソムCにしたよ」と小桧山師。GⅠに騎乗するには通算31勝が必要。現在25勝の原騎手はまだ騎乗不可とあり、騎手に合わせて昨年5着したGⅠを回避することになりました。他の騎手で使うのは簡単ですが、人を育てるというのはこういうことなのかもしれません。さて重賞で2人の口取りが見られるでしょうか。