血統閑談#005 エーピーインディの春(水野隆弘)

 少し前に若い人と話していて「日本にはシアトルスルー合わないじゃないですか?」といわれました。大雑把にいうと、そこそこの数の重賞勝ち馬が現れている点では「合わない」ということはない。かといって、米国のようにチャンピオンサイアー級が出現するわけではないので「合わない」といえなくもない。微妙なところですね。
 私の世代ではシアトルスルー系のスルーザドラゴンUSAという種牡馬がシンザン記念のミルフォードスルーやサファイヤSのテンザンハゴロモを送り出し、しばらくしてシアトルスルー直仔のダンツシアトルUSAが宝塚記念に、タイキブリザードUSAが安田記念に勝ちました。それぞれ印象の強弱はあれど、シアトルスルー系の活躍として確かに記憶に残っています。しかし、これはいずれも1990年代の話です。若い人にとってはリアルタイムの活躍の記憶としてシアトルスルーの名が浮かんでくることはなさそうです。
 シアトルスルー自身は1974年に生まれ、1977年の米国で10頭目の三冠馬となりました。無敗で三冠を達成したのは史上初、2018年にジャスティファイが6戦6勝で三冠を制するまでは唯一の存在でした。種牡馬としても大成功し、産駒スルーオゴールドが活躍した1984年には北米リーディングサイアーとなりました。
 しかし、シアトルスルー系の父系としての繁栄はエーピーインディの出現があってこそでしょう。結果の分かっている今だからいえる話です。エーピーインディは1989年生まれ。欧米両方で2歳王者となったアラジのケンタッキーダービーG1挑戦が話題を集めた世代です。エーピーインディはハリウッドフューチュリティSG1を含め2歳戦を4戦3勝で終え、3歳を迎えた1992年にはサンラファエルSG2、サンタアニタダービーG1と連勝しますが、ケンタッキーダービーG1は出走取消、爪に不安があって続くプリークネスSG1にも向かわず、ピーターパンSG2勝ちからベルモントSG1に出走し、ここを完勝。2歳時からの連勝を7としました。秋の2戦は精彩を欠きましたが、その後のブリーダーズカップクラシックG1ではプレザントタップに2馬身差を付ける勝利を収めてその年のエクリプス賞年度代表馬に選ばれています。
 種牡馬となったエーピーインディは、ブルーグラスSG2のプルピット、エクリプス賞年度代表馬マインシャフト、エクリプス賞最優秀3歳牡馬バーナーディニら多くの活躍馬を送り出しました。日本でもNHKマイルカップ勝ちのシンボリインディがいますね。ここで、日本で種牡馬となったシアトルスルー系の一覧を示しておきましょう。カタカナが輸入種牡馬、輸入競走馬、持込馬、日本産馬含めて日本で種牡馬となった馬です。
(スマートフォンでお読みの方は表が崩れてすみません。画面を横にしてみてください。それでもダメですか。すみません)

Nasrullah 1940
 Bold Ruler 1954
  Boldnesian 1968
   Seattle Slew 1974
    Slew o’ Gold 1980
    |オウインスパイアリングUSA 1986
    ケラチUSA 1980
    シアトルエクスプレスCAN 1981
    スルーザドラゴンUSA 1982
    スルーズキングダムUSA 1982
    Capote 1984
    |ボストンハーバーUSA 1994
    ハイブリッジスルーUSA 1984
    Houston 1986
    |レイベストメントUSA 1993
    シアトルスキーUSA 1986
    シアトルヒーローUSA 1988
    A.P. Indy 1989
    |Pulpit 1994
    ||Lucky Pulpit 2001
    |||カリフォルニアクロームUSA 2011
    ||Tapit 2001
    |||テスタマッタUSA 2006 ※
    |||クリエイターIIUSA 2013
    |||ラニUSA 2013
    ||パイロUSA 2005
    |||シゲルカガ 2011
    |Old Trieste 1995
    ||シニシターミニスターUSA 2003
    |||ダブルスター 2009
    |||インカンテーション 2010
    |ロードメイプルUSA 1995
    |Mineshaft
    ||カジノドライヴUSA 2005
    |Bernardini 2003
    ||レガーロ 2013
    |マジェスティックウォリアーUSA 2005
    ||ベストウォーリアUSA 2010
    ダンツシアトルUSA 1990
    タイキブリザードUSA 1991
    スルーオグリーン 1994
    マチカネキンノホシUSA 1996
    スルーザワールドUSA 1998

 正確を期すなら、テスタマッタUSAは引退後韓国で種牡馬になりました。「日本で種牡馬になった」馬ではありませんが、米チャンピオンサイアー・タピットの直仔として2009年のジャパンダートダービーと2012年のフェブラリーSG1に勝ちました。シアトルスルーから見ると玄孫に当たりますので、シアトルスルー系の活躍という印象は薄いですが、タイキブリザードUSA以来のG1級勝利として20年ぶりのリバイバルということにはなりました。
 それから更に10年ほどが経ちまして、昨年のダートグレード競走のトップレベルではエーピーインディ系の静かなブームが起こっていました。カジノドライヴUSA産駒のカジノフォンテンが川崎記念とかしわ記念に勝ち、シニシターミニスターUSA産駒のテーオーケインズは帝王賞とチャンピオンズCG1に勝ちました。パイロUSA産駒のミューチャリーは地方所属馬として初めてJBCクラシックのタイトルを得ました。そして暮れには再びシニスターミニスターUSA産駒のドライスタウトが全日本2歳優駿を制しました。1頭の種牡馬が立て続けに大レース勝ち馬を送ることは少なくありませんし、サンデーサイレンスUSA系の複数の種牡馬がそれぞれG1勝ち馬を送ることは珍しいことではありません。しかし、これまで静かに流れてきたエーピーインディ系の支流から次々と大物が現れたのには驚かされました。
 これが2021年の不思議な出来事で終わるのか、あるいはダートの血統地図が大きく書き換えられる画期となるのか、答えが出るのはまだ先のことかもしれませんが、先週、3月13日の昇竜SではラニUSAの初年度産駒リメイクが鮮やかな勝利を収めました。エーピーインディから見れば玄孫にあたる世代交代の最先端を行く存在です。今年も引き続きダート戦ではこの父系にちょっと注目しておく必要がありそうです。

栗東編集局 水野隆弘

水野隆弘(調教・編集担当)
昭和40年10月10日生まれ、三重県津市出身
1988年入社。週刊誌の編集、調教採時担当。先日、コロナワクチンの接種を受けてきました。前にもこんなことを書いたかもしれません。今回は3回目です。木曜午後3時30分に打ってもらって、翌金曜の朝に起きると腕の鈍痛程度でこれは楽勝と思ったのですが、トレセンの馬場が開いて仕事が始まると途端に強い倦怠感に襲われ、熱も上がりました。ロキソニンSプレミアムを飲んで昼寝をすると収まりましたが、翌土曜にはまた熱と倦怠感が……。ワクチンの副反応か? 仕事の副反応か? どちらなのでしょうか。