点ではなく線で(赤塚俊彦)

 先日、アメリカ・大リーグで活躍する大谷翔平選手がMVPを獲得したというニュースが伝えられました。それに先立ち、大谷選手が帰国したタイミングで記者会見が行われましたが、どうやらこの会見の評判があまり良くなかったようです。私も最初から最後まですべてを見ていたわけではないのですが、ネットや海外の反応を見ると

「記者のレベルが低い」

「質問の前置きが長い」

「まるで野球に関係ない、この場にふさわしくない質問が多い」

という意見が多かったよう。なかには「結婚」や「税金」についての質問から、一緒にプレーをしたことがない別の選手に対しての質問もあり、もっとチームのことや、来季のビジョン、アメリカの生活について聞きたかったという意見も見られました。

 そういった質問をした記者がどこの誰なのか定かではないので断定的な言い方はできませんが、日本という国がどこかワイドショー的なノリを好むことが多いこともあり、「普段野球を見ない人にも大谷選手の会見に興味を持ってもらうため」にそんな質問をしたのかもしれません。

 

 人に話を聞いて取材をするという意味では我々競馬記者も同じ。とはいえ、この「人に質問をする」というのは簡単そうでなかなか難しいところ。恥ずかしながら、ここで私の大失敗談をひとつ。

 入社して2年目だったか3年目だったか。定かではありませんが、先輩と離れ、ひとりでレース後の検量室取材を始めて間もない頃だったように思います。新潟競馬場で取材をしていた私の前にレースを終えた取材対象の騎手が姿を現しました。話を聞き、こちらからも何か聞かなくてはと思ったのですが、今思えばそれが空回りでした。

 

「ちなみに折り合いとかはどうでしたか?」

これがいけなかった。こと競馬に関してはよくある質問のひとつですが、そう聞くなり「は?折り合い?何聞いてるんだよ」とその騎手の顔が見る見る強張りました。

 「この馬はズブくて進んでいかないくらいなんだ。折り合いを欠くことなんて絶対にない。折り合いがどうだったかなんて聞くこと自体間違ってる。もっと勉強した方がいいよ」

 そう、その馬は前向きさに欠け、押して押してやっと進んでいくような馬だったのです。今思えば若く、思い出すのもここで公開するのも恥ずかしい話ですが、自分が話を聞こうとしている馬がどんな馬かも分かっていないまま取材をしていたと、この時初めて痛感させられました。担当している厩舎の馬ではなく、普段話を聞く機会が少なかったとはいえ、そんなこと聞かれる側からしたら知ったこっちゃありません。その後戻ってきた騎手にはすぐさま謝罪。自分の勉強不足を詫び、改めてコメントをもらいました。その騎手が当時のことを覚えているとは思いませんが、その後は何のわだかまりもなく取材をさせてもらっています。

 

 取材をするにあたり、いかに自分が準備をせずに臨んでいたかを気がつかせてくれたその騎手には感謝しかありません。もしあの時、声を荒げず、「特に折り合いは問題なかったよ」なんて教えてもらっていたら、そのことに気がつくのがもっと遅くなっていたでしょう。あの日以来、今では前走時の騎手のコメントや中間の厩舎関係者の話に目を通し、とにかく最低限の知識だけは頭に入れて話を聞くようになりました。そんなごくごく当たり前のことが当時はできていなかったのです。思い違いはありますが、少なくともズブい馬に折り合いがどうだったかと頓珍漢な質問をすることはなくなったように思います。

 

 大谷選手の会見の話に戻すと、そういった質問をした人は普段野球を見ない、大リーグにはあまり興味のない記者だったのかもしれず、会社から「何でもいいから何か聞いてこい」という命令があったのかもしれません。例えば、今突然、目の前に大谷選手が現れて、「何でもひとつ聞いて下さい」と言われたら、何か気の利いた質問ができるでしょうか?勿論、あの会見は急遽決まったものではないでしょうから、何を聞くか考える準備期間はいくらでもあったはずですが、過去に失敗した経験を持つ私は「何を聞いてるんだ?」と思いながらも共感できる部分もあり、一定の理解はできます。

 

 競馬に関して言えば、前走のレースぶりがどうだったか、それを踏まえて中間どういった調教をしているか、そしてレースで課題を克服できたか・・・すべては線でつながっています。仕事の分担や時間の都合上、どうしてもそういった線ではなく、その場その場の点で取材をしなければならないことはありますし、全部が全部、そううまく取材できるわけではありません。特に昨今はコロナ禍で取材が制限されている面もあります。簡単なことではありませんが、少しでもその馬を理解し、いい原稿を届けて、いい結果が得られるよう、できるかぎり「線での取材」を心がけていきたいように思います。

 

美浦編集局 赤塚俊彦

 

 

赤塚俊彦

1984年7月2日生まれ。千葉県出身。2008年入社。美浦で厩舎取材を担当。

 いつも通りいつものカフェで執筆。3作目にして早くも面白い裏話がなくなり、恥ずかしながら若かりし頃の失敗談を引っ張ってくる始末。その分、いつもより書き上がるのに時間がかかり、やや支離滅裂な文章になってしまいました。競馬に限ったことではないと思いますが、関係者の中にはその時その時にしか来ない、点での取材を嫌う人は一定数います。例えば現役時代のイチロー氏や監督時代の落合博満氏が答えるに値しない質問には答えなかったというのは有名な話。「記者もプロフェッショナルであれ」と我々、聞く側もそういった人たちに鍛えられ、育てられているのです。それに応えられる仕事をしなくてはいけません。