恋する季節が過ぎても(和田章郎)

 12月の1週目の今回が、今年最後のトレセン通信担当回になります。そんなわけで恒例の、1年の振り返りを。

 で、のっけから情けない弁解をさせてもらうと、昨年の、今回と同様のネタ回のこと。
 「もうこの人の書いた物だけ読めばいいのではないか」
 という境地について書きました。
 これ、まったくできてないのです。できてないどころか、これまで読んだことがなかったジャンルのものを、次から次に読みたくなって行動に移してます。
 無論、特定の作家というか、ライターさんの作品だけ読む、なんてことは、極端な意見なのは承知してました。その対象である石牟礼道子、吉村昭作品が特別なのは今も変わらないのですが、どうも最近は何かに取り憑かれたみたい(?)な感じ。

 「わかったつもりで物を言う」ことを、最も軽蔑すべき行為、と定義づけていながら、自分で陥りかけていた、って事でしょうか。
 知らないことばかり、わからないことだらけ。学ぶことを放棄しちゃいけませんやね。いや別に「勉強しなくてはならない」なんて堅苦しい話ではなくて、興味本位。自分の場合はただそれだけかもしれません。
 近年は「インプットからアウトプットへ」を考えてばかりいて、その延長線上に「読みたくないものを読む時間が惜しい」という意識があったのかなと。これはまったくもって言い訳になってしまいそうですが。
 それでもまあ読んで不快になる作品群はやっぱりあるわけで、どう向き合うかは臨機応変に対応するしかありません。
 ともかく、重要な事に気付けたのは良かった。

 と、いきなり反省から始まった1年振り返り。年齢を重ねても、代わり映えしないところは本当に相変わらずだなあと思いつつ、前回と若干ダブる話もありますが、性懲りもなく本題に入らせていただきます。

 このところ新しい出会いをいただくことが多い傾向にあって、それはとても有り難く、心地のいいことではあります。また、その出会いによって、新しく何かを感じたり、考えるキッカケになったり、そして何より、新しいことを始めたり、やることになったり、にもつながっていきます。
 こうした環境の変化というのは、〝10年一日〟のように日々過ごしかねない年齢になってくると、とても刺激的な要因として機能します。よく、「ボケ防止には新しいことを始めるのが効果的」なんて聞きますが、要は新しい出会いによって生じる新しい行動、ひいては思考パターン、を指すのでしょう。

 そういう意味では、春先に新橋Gate J.のイベントに呼んでいただいたり、夏場にひと回りも年長の、高校の先輩に教えを乞う機会を得たり、7月になって上梓した本の執筆作業そのものは勿論、制作に関わってくださった皆さんとの交流もですし、秋になって本にちなんだラジオ出演があったかと思えば、会社で配信している動画にも顔出しし、あげく12月に入って、初めて日高育成牧場も見学してまいりました。
 どれもこれも、おかげさまで元気を保てているからこそできること、でしょうか。何よりも有り難いことが、実はこれなのかもしれません。

 ところで、その日高育成牧場に向かった際のこと。
 ANAの機内誌に『翼の王国』というものがあります。これ、以前はマイレージ会員には毎月送られてきてたような気もするのですが、ともかく、搭乗した際には楽しみに読む癖があります(弊誌『おもひでの名勝負』に寄稿くださったことがある街風隆雄さんも、コラムを執筆されています)。
 今回は最新号である12月号があったので、いつものように手にしたところ、伊集院静さんのコラム「旅行鞄のガラクタ」が掲載されていました。今月号のタイトルが
 〝競団連のピンバッヂ〟

 競団連というのは、黒鉄ヒロシ、小林薫、長友啓典、そして伊集院静の4人が発起人となって起こした〝関東競馬応援団連合〟の略称。遠い昔、その発足記念パーティー会場?に紛れ込んでいました。今春、調教師を定年引退された栗田博憲師の厩舎に、小林薫さんが馬を預けていた関係だったんだと思います。師が招待されて、私もお誘いしていただけたんだったかな?
 ともあれ、コラムでは、競団連がスタートした当初に作られたピンバッヂの写真とともに、微笑ましいエピソードが載ってまして、その中に若い男の子が言ったセリフが紹介されていました。
 「僕、競馬に恋してるんです」
 と。
 これに対して、「楽しかったり嬉しかったり、でも苦しかったり悩んだりもするもんなあ」といった感想があって、「それを越えた先に何があるのか」みたいな話。遠くにきちゃったなあ、という感慨めいたものを表現されていたのでしょうか。

 拙著の内容になって恐縮ですが、ウィナーズサークルの最期を看取った遠藤獣医は、思い出話をする時に、ウィナーズサークルのことを、たまに〝人〟と呼びました。管理していた松山康久師も、時に〝恩人〟と呼びました。
 擬人化するにしても、珍しいこととしてエピソードの中に書かせてもらったのですが、実は自分も、別の馬に関して経験がないわけではありませんでした。
 1993年(平成5年)のエリザベス女王杯を勝ったホクトベガという牝馬のこと。
 3歳になってのデビューでしたが、春から期待の大きかった馬で、何度か取材に厩舎にお邪魔したのですが、最初に洗い場で観た時に思ったんです。
 「美人だな」
 と。
 それ以降、「べっぴんさんだ」とか「ハンサムだ」みたいに感じる馬も数多くいましたけど、「美人だ」と思った牝馬はいません。ホクトベガが非業の死を遂げた時に、〝美人薄命〟なんて言葉が頭をよぎったものでした。
 でも、美人さんはきっと今もいるはずなんです。それなのにそういうインパクトを受けることが減った事実から、なるほど26年前は、自分も「競馬に恋をしていたのかな」などと思い、では今は?といったようなことを、暴風雪で機体が揺れまくる中、考えさせられることになりました。

 さすがにもう〝恋〟という時代には戻れないですか。
 でも、寂しいなんて言ってられないでしょう。サラブレッドに対しても、きっと新しい出会いはあるはずですから。

 機内誌で、こういうことを感じさせられるのですから、やっぱり普段読みつけないものでも、しっかり目を通してみないといけません。それはつまり、出会いの放棄、につながりかねないのですから(まあ伊集院氏は読みつけない作家さんではありませんけど)。

 というわけで、今年もまた試行錯誤しながら送ってきましたが、また次の一年も、もがき、あがいていくことになりそうです。重ね重ね、まずは健康第一、ですね。
 よろしくお付き合い願えればと思います。

美浦編集局 和田章郎

和田章郎(編集担当)
昭和36年8月生 福岡県出身 AB型
1986年入社。編集部勤務ながら現場優先、実践主義。競馬こそ究極のエンターテインメントと捉え、他の文化、スポーツ全般にも造詣を深めずして真に競馬を理解することはできない、がモットー。今年できなかったパスポートの再申請が、令和2年の悩みの種。