トレセン改修工事が始まり(吉田幹太)

 稀勢の里の引退が大きなニュースになった初場所。

 それだけではなく、39歳、100場所目だった豪風も9日目の取り組みを最後に引退することになった。

 他のベテラン関取もひと頃のようには勝てなくなり、相撲界においては弥が上にも世代交代の波が押し寄せているようだ。

 果たして競馬はどうか。ディープインパクト産駒一色ではなくなったあたり、生産界には世代交代が始まり出したと見ていいのだろう。

 ジョッキーに関して言えば少し複雑な状況だけにハッキリと判別はできないが、ここまでの関東リーディングを見ると1位こそマーフィー騎手の10勝だが、2位は三浦騎手で8勝。3位にも武藤騎手が6勝で続くなど、僅か3週の結果ではあるけれども20代の2人がリーディングを引っ張る状況。少しずつではあるけれども世代交代が始まりつつありそうな雰囲気になってきた。

 自分たち時計班に大きく影響する美浦トレセンの馬場改修工事。これもある意味、世代交代の流れとは言えないだろうか。

 美浦のトレセンもできてから既に40年。今回の工事の一番の目玉、高低差が大きくなる坂路コースが最後に改修されたのが15年前。南馬場のウッドコースに関して言えばできたのが平成4年なのだから、既に26年以上も経ったことになる。

 いまやこの2コースで7割から8割の馬が追い切っているように、この2つのコースの改修こそが美浦所属馬の強化につながるのは間違いないだろう。

 掘り下げるというかつてない発想に至った坂路コース改修も興味深いが、われわれ現場の時計班の一番の関心事といえばやはり南馬場コースの改修と北馬場の閉鎖。

 今はBコースがウッドになっているが、これを2つ外のDコースに変えて、ダートがBコースに変わるというもの。

 現状のウッドは2つの入り口から馬が押し寄せて、5F(1000m)を通過する時にはこの2つの組が重なって順番が入れ替わることも頻繁に起こる。

 更には追い切りを終えた馬もその勢いのまま6Fから5Fまで通過する馬が多く、これから追い切るのか、それとも終わった馬なのかを判別するのも大事な仕事になる。それが時計を取る上で一番の難しい点といってもいいだろう。

 広いDコースに変わるとこの不安がかなりの確率で解消されるのではないかと思う。

 この点においては個人個人で考え方は異なるのだけれど、おおむね、今回の馬場改修は厩舎スタッフの方だけではなく、われわれ取材者側にもプラスになる点が多いような気がしている。いずれにしても、現状を打開することに意味があるのではないだろうか。

 その大きな工事がいよいよ今週から始まった。まずは南馬場のDコースが閉鎖されて、9月までにはこれがウッドコースに変わる予定。

 それまで南馬場には追い切れるダートコースはなくなったようなもので、これらの馬たちがどこで追い切りを消化するのか。どういう流れになるか当日までよく分からなかった。

 結果的には南のDコースを使っていた馬は北馬場のダートに向かい、南馬場の他のコースへの影響はほとんどなかったといっていい。

 そしてこの北馬場こそが、美浦トレセン最大の特徴で、今回の大改修の目玉のひとつだろう。

 ここ数年、追い切りをする馬は減り続けて、映像で映ることもうんと少なくなった。

 障害練習と障害試験、取材者側もそれが北馬場に行く大きな目的になっているような気がする。

 今回の流れで北馬場に割くトラックマン数も少し増えることになり、おそらく、映像に登場する機会も少しは増えるのではないだろうか。

 北馬場を完全に閉鎖して、新厩舎ができ上がるのはまだ4年以上も先の話だが、それまでに少しずつ馬場の閉鎖、新築が続くことになる。

 これによって人の流れが変わり、取材者側もそれに対応しなければならない。

 いずれにしても最終的な目標は施設を新しくするだけではなく、美浦所属馬が強くなり、今の西高東低の状況をいかに逆転まで持っていくかだろう。

 それこそ世代交代というよりは、時代を完全に引き戻すことになり、活気を取り戻しつつある現状よりも更に、美浦が盛り上がることになる。

 自分が美浦に来た時には既に関西馬旋風が始まっていた。

 そんな新たな強い関東馬が関西に遠征して好成績を挙げる時代がくれば……

 おそらく、自分の懐も少しは豊かになるのではないだろうか。

 その日が来るまで地道に時計班としての仕事を全うしよう。

美浦編集局 吉田幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。