幸福なパッセンジャー(田村明宏)

 フジビュースタンド。その名にふさわしくスタンドから富士山がはっきり見通せるほど空気が澄み切っていた。この日だけGⅠレースが最終レースになって余韻に浸りながら見えた夕焼けは鮮やかで目に眩しいくらいだった。2018年11月25日。アーモンドアイがジャパンカップを制したその日を私は恐らく忘れることはないだろう。ゴールの後、思わず指差した、JCウィークだけに特別に設置されたロンジンの電光掲示板に表示された2分20秒6。世界レコードの短い時間だったが、東京競馬場に居合わせた98988名の乗客は永遠とも思われるような夢の中で過ごせたのではないだろうか。単勝支持率でさえ53%だから馬券を買っていた全員が応援していた訳ではない。それでも残念ながら不的中に終わったファンでさえあの走りなら納得しただろう。

 「レコードはいいが、この馬場では外国馬の参戦が遠のき、国際レースの価値が下がる」といつも通り、大局的な見地で語っていた国枝調教師でさえ続けて「確かに感動するようなレースだったな」とまるで一ファンに戻ったかのような感想を漏らしたアーモンドアイの走り。今年の緒戦、シンザン記念では稍重馬場をものともせずに牡馬を蹴散らし、桜花賞は言葉通りのゴボウ抜きで圧勝。間近で取材しながらその時点まで素質を信じ切れなかったのは恥じ入るしかないが、今年の5戦はいずれも劇画の主人公のような活躍だった。古くは筋書きのないドラマと言ったり、近年ではダビスタの最強馬でも想像がつかないようなレースの連続。歴史にも記憶にも残る馬。翻って見ると今年の春以降は馬券云々を別としていつも彼女の走りにワクワクしていたし、元気を貰っていた。ただ、ひとつ気がついたのはこれほどの馬でもデビュー前の評価は普通にいい馬の中の一頭に過ぎなかったということ。新馬戦が新潟内回り1400mだったことがそれを表している。まだ、気がつかない原石が転がっているということかも。

 序章と言うには十分な分量だが、まだ目次も決まっていないし、余白がたっぷりあるように見える彼女のストーリー。まず手始めは3月のドバイ遠征からということになりそうだが、その先には日本のホースマンの長年の夢の実現もありそうだし、ハッピーエンドにはまだまだ物足りない。勝手な妄想も含めて厩舎関係者、マスコミ、競馬ファンに至るまでおのおのが最大限の希望を込めて年を越せそうだ。アーモンドアイよ、来年は更に大きな夢の続きを見せて下さい。今年一年、ありがとう。ジャパンカップのレース後にルメール騎手が語ったように私も幸運なパッセンジャーの一人になるつもりです。

美浦編集局 田村明宏

田村明宏 (厩舎取材担当)
昭和46年6月28生 北海道出身 O型
今週の注目馬は同世代でアーモンドアイのライバルだったラッキーライラックの半弟にあたるライル。早い時期からここを目標に乗り込まれ仕上がり万全。父がディープインパクトに替わって切れもありそうだし、姉の雪辱を果たせるかも。