いい思い出が(吉田幹太)

 8日の水曜日は朝から厚い雲がかかって、照明がつかなくてもギリギリ見えるくらい。
 途中からは風が強くなり、馬場の重さも変わるくらいの雨が降ってきた。確実に台風が近づいている。そんなことをいやが上でも感じさせる中での追い切りだった。
 毎年「今年の夏は」といったフレーズを使っているような気はするけれど、今年は間違いなく特別な夏のような気がする。
 その象徴的な出来事は西日本豪雨なのだろう。広島や岡山、何度か行ったり、通ったりして、記憶にも鮮明な場所が甚大な被害を受けていた映像は衝撃があった。
 現地に行かなければ分からないことはたくさんあるだろうけれど、遠くにいる自分にでも伝わってくるほどの気象災害ではなかっただろうか。
 そして、全国的な異常な高温。
 競馬が行われていた福島でもかつて見た記憶がない最高気温の予想が出て、実際に全国でもベスト5に入るくらいの気温の高さの一日になった。
 さらに新潟の開幕週はそばを掠めた台風の影響で38度まで気温が上昇。一日中、強風が吹いていたことで体感温度はそれほどでもなかったけれど、少なくても20年近く通っている自分には初めて見るような気温だった。
 それでも新幹線で東京に戻ってくると東京の暑さは別格のような気がしてしまう。実際の気温だけではない、人工的な暑さというのか、人込みの中での暑さというのか、同じ暑いならローカル開催の暑さの方が耐えられるような気がしてくる。
 競馬場にいる時はなんでこんなに暑いところを選んで競馬をしているんだろうか?と思ったりもするのだけれど、毎週、戻ってくると納得することの方が多い。
 そもそも福島、新潟で競馬をしようと思えば、必然的に夏になるのではないだろうか。
 雪国の新潟、福島ではさすがに冬に競馬を行うのには無理がある。
 多少、暑くても、緑の映える夏場こそが新潟、福島の競馬の旬なのかもしれない。
 売り上げが上がらないのでローカル開催にはいろいろな意見があり、全体的には縮小する意見の方が強いような気がする。
 それでも地方競馬が続々と閉鎖され、裾野が縮小してしまっている今でこそ、ローカル開催をする意味があるのではないだろうか。
 首都圏の競馬場ではない身近さや、ゆっくりとした空気。
 地元の家族連れの人達には勿論、その地方の競馬ファンにしてみれば、目の前で競馬を見られる数少ないチャンス。
 結果的には裾野を広げる効果があるのは間違いないだろう。
 そして、競馬の多様性の面においても、ローカル開催は必要なのではないだろうか。
 毎週、同じ場所で競馬をするよりは、いろんな条件で競馬をした方が競走馬にとっても可能性が広がり、競馬を読む側にしてみても難しい反面、面白みがある。
 さらには各場で勝ち上がってきた馬たちが、秋に中山、東京で集まって競馬をすることの面白さも捨て難い。この多様性こそがJRA最大の面白さといっても過言ではないだろう。
 もっとも、自分の場合、本職の競馬だけではなく、あれこれと競馬が終わったあとの過ごし方を考えて気持ちが高ぶってくる面の方が大きかったりもするのだけれど……。
 しかし、これは仕事で通っている自分以上に、遠くから訪れるお客さんの方がこの何倍も喜びと興奮があるのではないだろうか。
 馬券の購入は勿論だが、その街に宿泊して、夜は現地の食材をタップリ味わい、現地のお酒を楽しむ。
 そしてほろ酔い気分で、馴染みのない街を歩いて帰る。
 勝負の勝ち負けは何ともいえないが、いずれにしても鮮烈な夏の記憶として残るのは間違いないだろう。
 この夏、今のところあまりいい思い出がない。
 今週あたり、イキのいい馬は何頭か見つけて、狙いはつけているのだけれど……。
 そろそろ、競馬の神様が微笑んでくれることを期待しながら、帰省ラッシュの中を移動したいと思います。

美浦編集局 吉田幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。