右手前左手前(山田理子)

 5月5日発行号の小誌「GⅠ広角視点」における個人コラムで、NHKマイルCに出走するミッキーアイルは東京コースの長い直線を踏ん張れるのではないかとして、その根拠を(1)四肢に柔軟性があり、一直線上を駆けるような伸びやかなストライド、(2)まだフラつく面は残るが、1週前の坂路の動きを見ても右手前のフォームはバランスが良く、なおかつパワーがある、と挙げたが、果たして正解だったのだろうか。(1)についてはまあそうだろうと思うが、問題は(2)。「手前の関係で右(または左)回りがいい」といった関係者のコメントをよく目にするが、結果・成績に表れていない段階で、この答えを自分自身で導き出すのは難しい。

 手前とは軸になる脚のこと。レース中の脚の運び(襲歩・ギャロップ)は、左回りなら道中は遠心力に従って左手前(左トモ・左前に重心)で進み、右トモ→左トモ→右前→左前の順に脚が地面につく。で、直線に向くころには疲労しているから、手前を替えて重心移動するわけ。入社当時、長岡TMに、「人間でも重い荷物を手に持って歩いてたら、途中で左右持ち替えるだろ。あれと一緒じゃないか」と教えてもらったことがある。先日、KBS京都でご一緒した赤見千尋元ジョッキーは、右回り左回りの得手不得手はもちろんコーナーワークもあるだろうが、最後の直線で使う手前(特にトモ)によるところが大きいという見解だった。最後の直線はいわばレースのクライマックスなので、たとえば左回りなら、余力ある右手前に替えていかにパフォーマンスを上げられるかが重要。条件クラスではポテンシャルの違いで押し切ることがあるだろうが、上のステージに上がれば、うまく手前を替えられず直線が左手前のままだったり、右手前のフォームがぎこちなかったりすると、いざ追われてジリジリの脚いろになってしまうのだろう。ちなみに皐月賞で初めて右回りを経験したイスラボニータについて赤見さんは「手前を替えるのがめちゃくちゃうまいから問題ない」と。なるほど、騎乗経験者ならではですね、と非常に勉強になった。

 では、NHKマイルCで逃げ切ったミッキーアイルはどうだったのか。スタート後、右手前から左手前に替えながら内へと入り先頭へ。中盤まで左手前で進み、4角手前で8完歩右手前、左手前に戻して4角を回り、直線に入るとほどなく右手前にチェンジ。4F標過ぎで左手前に戻したときに内にヨレ、11完歩走ったところでまた右手前へ。その後すぐ左手前、そしてまた右手前。ゴール前の2完歩は左手前だった。
 今週のコラムリレーのネタに、と軽い気持ちでレースを見返したのだがびっくり。とにかく手前を替える回数が多くて、しかも、スピードが速い。レースVTR、パトロールVTRのどちらもスロー再生を繰り返して数えたが、結構時間を要した。右手前のフォームのバランスは確かに良かったが、結局のところは右も左も回りはあまり関係なかったのではないだろうか。ミッキーアイルにとってはキツいレースだったはず。逃げ切るのは至難と言われる東京マイルで、右手前左手前を駆使して後続の追撃を凌いだこの馬の身体能力と精神力は大したものだと思う。

 追記しておくと、スタートしてしばらくのミッキーアイルの脚の運びは、先に書いたよりもう少し複雑だったのかもしれない。もう1回チェンジがあって、右手前→左手前→右手前→左手前(難しいけど、おそらく…)のように見える。回転襲歩(レース中においてスタート後の脚の運び方:チーターのような走りで速く走れるが疲労が大きく長くは走れない)が他より速いとか、回転襲歩で進む距離が他より長いとか、ダッシュの速さにも何か秘密があるのかも。

栗東編集局 山田理子