スプリンターズS雑感(宇土秀顕)

 準備期間がないところで物を書くという作業が大の苦手。締め切りまで十分過ぎるほど時間がないと、どうしても落ち着かない。本来、時間に追われながらも涼しげに原稿を書くようでなければ駄目なのでしょうが、分かっていてもこればかりは仕方がない。このリレーコラムも、ホームページにアップした段階で次回の準備にとりかかるという段取りを常としています(あくまでも自分の場合ですが)。ところが、今回に限っては色々事情があって、アップ1週前の10月2日(水)までは完全なノープラン状態。さて、どうしたものかと思案した結果、先日のスプリンターズSの回顧を……。
 さて、皆さんご存知のとおり、秋のGⅠ第一弾・スプリンターズSは昨年の覇者ロードカナロアが単勝1.3倍という断然の人気に応えて快勝しました。着差こそ1馬身もありませんでしたが、中山の直線坂上、粘るハクサンムーンを捉えにかかった時に見せた脚は、まさしく〝絶対王者〟のそれ。いとも涼しげに連覇を達成してみせたのでした。ここで記録的なことを抜き出してみると……。

(1)2頭目のスプリンターズS連覇……スプリンターズSがGⅠに昇格したのは1990年。93、94年にサクラバクシンオーが初めて連覇を飾っていますが、それ以降は長い間、このレースを連覇した馬は現れず、今回のロードカナロアが史上2度目の連覇達成となりました。ちなみに歴代優勝馬の翌年の成績を列挙すると、不不(3)(1)不(4)(4)(3)(4)(3)(3)(9)(2)(2)(10)(4)不不不(14)不(2)(1)着。まあ、大半の馬は出走する限りそれなりに格好はつけています。特に、あと一歩のところ(2着)で惜しくも連覇に届かなかったのが、02年優勝のビリーヴ、03年優勝のデュランダル、そして、11年優勝のカレンチャンでした。

(2)最も低い単勝配当……ロードカナロアの単勝1.3倍はサクラバクシンオーの2年目の1.6倍を更新して、スプリンターズS史上で最も低い単勝配当となりました。また、60.8%という単勝支持率は、敗れた馬も含めると98年3着だったタイキシャトルの68.6%に次いで史上2番目という高率。それだけ大きなプレッシャーの中での勝利だったわけです。

(3)秋施行では3番目の勝ち時計……勝ち時計の1分07秒2は、スプリンターズSがこの時期になってから3番目の記録。日程が移行したのは2000年ですから、14回で3番目ということになります。たしかに、そう威張れる記録ではないかもしれません。ただ、今年の秋の中山開催が、例年ほど高速馬場でなかったことは考慮すべき材料。過去10年に限定すれば2番目の勝ち時計でもあり、これより速かったのはロードカナロア自身が昨年マークした1分06秒7(コースレコード)だけ。それを思えばやはり、絶対王者に相応しい、堂々と胸を張れる勝利だったと言えるでしょう。

(4)芝短距離GⅠ5勝……マイルも含めた芝短距離GⅠ5勝というのはタイキシャトルに並んで史上最多タイ記録。ちなみにタイキシャトルの場合は、97年にマイルCS、スプリンターズS、翌98年に安田記念、ジャックルマロワ賞、マイルCSを制して、この記録を達成しました。海外でも、そして、専門外といえる距離(タイキの場合は1200m)でもGⅠを勝ち取った点、更に、GⅠ出走機会5連勝だった点など、タイキシャトルとロードカナロアの記録には相通じる部分が多いのですが、その符合こそが〝絶対王者〟の証ということなのでしょう。

(5)芝スプリントGⅠ3連覇……JRAの芝スプリントGⅠを3連覇。これは正真正銘、史上初の快挙となります。振り返れば今から1年と1カ月前、スプリンターズS直前のこのコラムのタイトルが『3連覇に挑む』。カレンチャンが勝てば史上初のスプリントGⅠ3連覇になると紹介しましたが、その記録達成を阻止したのが他でもないこのロードカナロアでした。3連覇に向けて一歩早く抜け出したカレンチャン、そのカレンチャンを外から捉えた同じ安田隆行厩舎のロードカナロア。この2頭、同厩舎というだけでなく、同じ持ち乗りの調教助手が担当ということでも話題になりました。それにしても、カレンチャンの3連覇を阻んだロードカナロアが、1年後には自身が3連覇。今回の勝利には、運命の巡り合わせというものを感じずにいられません。ロードカナロアにとっては、自身の王座を一層揺るぎないものにしたばかりでなく、既にターフを去った僚馬の名を改めて高めた勝利だったとも言えそうです。
 
 最後に今回のスプリンターズS、何か久しぶりの感覚を覚えた人も少なくなかったことと思います。そう、それは出馬表の騎手欄に〝カタカナ〟がなかったこと。グローバルスプリントチャレンジ第8戦でもありながら、今年は外国馬の参戦がなかったし、短期免許で来日中のジョッキーもいなかったので当然といえば当然ですが、その当然のことが昨年の春の天皇賞以来、GⅠでは実に29戦ぶりのできごとでした。このあとはまた、外国人騎手が続々と来日予定。外国人騎手不在のGⅠは、今年はこのスプリンターズSひとつだけになるかもしれません。
美浦編集局 宇土秀顕