ダービーの日に(吉田幹太)

 7万人。発表の入場人員の数字とは思えないほどの人の多さで、大いに盛り上がった今年のダービー。

 朝は早い時間から入場を待つ長い行列に始まり、1Rのファンファーレから大歓声。昼休みは陸上自衛隊中央音楽隊による演奏が行われて、ダービー騎乗ジョッキー紹介でも大きな歓声が上がっていた。昼過ぎには陽射しも出て、目黒記念までたくさんのお客さんが残っていたのも印象的だった。最後の最後まで久しぶりに熱気に満ちた一日。

 そして、何より久しぶりに払い戻しに並ぶ長い列を見た。

 ネット投票にすっかり慣れてしまったせいなのか、レース前に払い戻しで並ぶことなどまったく考えることはなかった。

 圧倒的人気のソールオリエンスが2着を確保。当然、多くのお客さんが的中して払い戻しに並ぶ。昔ならこんなことは当たり前の話だった。それが目の前で何が起きているのか少しの間は分からず、何かトラブルでもあったのではないかと思ったくらい。

 並んで待っていた人達はやきもきしたかもしれず、面白がってしまっては申し訳ないかもしれないけれど、なんだかひどく懐かしい思いがした。そして、ちょっと若い頃の熱気と興奮が自分にも戻ったような気がしてうれしかった。

 最近の競馬場は高齢者の方はあまり目立たなくなり、客層はうんと若返って場内の殺気立った感じはかなり薄くなってきた。明らかにコロナ前とは違う雰囲気。これがいいことではあるのは分かっているけれど、ちょっと寂しい思いもしていた。

 それでもダービーデーは一日、たっぷり楽しもうとしている若い人たちの感じはものすごく伝わってきて、レジャーとしての競馬が相当なレベルで定着したことは実感できた。

 そういう意味では過渡期として象徴的で、いいダービーだったと言えるのかもしれない。

 一方、出走馬側の方から見るとダービーの最終登録頭数が19頭だったのは唖然とした。

 賞金順などが以前より明確になり、優先順位なども分かりやすくなっているのは確かだが、この時期の3歳馬だけに万が一の可能性はあったはず。

 無理せず出走しない選択は長い目で見れば馬にとってはいいのかもしれないが、一度しか出ることのできない名誉あるレース。デビュー前から目指していない馬も当然、いるとは思う。それにしても……

 考えてみれば青葉賞もフルゲート割れの15頭。プリンシパルSに至っては枠連の発売がなく、複勝払い戻しが2着までの7頭立て。

 それこそ昔とは考え方が違ってきているのだろうが、7,000頭を超える馬が目指していると宣伝を打つのにはちょっと物足りない状況。そして何が何でもタイトルを獲るという雰囲気がなくなっているのは残念だ。

 競馬のあるほとんどの国にはダービーがあって、条件こそ違えどダービー馬と聞けばそれなりの格式のあるレースを勝った馬だと分かる。

 やはり、ダービーを目指すことが競馬のひとつの柱になるべきだろう。

 20頭を超える頭数で行われていた時代を目の前で見ていただけに、今年の最終登録頭数にはせっかくのお祭りに最初から参加しない、といったような少し冷めたようなものを感じてしまった。

 レース自体はスローペースだった割には、ゴール前で抜け出したタスティエーラにソールオリエンス、ハーツコンチェルト、ベラジオオペラが迫る激しい競馬。

 どのようにも決まりそうなめまぐるしい攻防があり、最後は交わせそうで交わせないあたりもダービーらしくてよかったような気がする。

 この熱戦がずっと続いてくれればいい。少なくても自分がかかわっているうちは今年のようなダービーを観ていたいと思う。

 詰めかけた多くのお客さんの中には初めて競馬場に来た人も多かったはず。その多くの人たちは何かしらの形で馬券の当たった可能性は高い。そして長い列に並びながらも、最後は払い戻しを受けて現金を手にしたはずである。

 コロナ禍では決して味わえなかったあの興奮。これがいい思い出になって、また競馬場に来たいと思ってくれれば幸いだと思う。

 自分自身はというとせっかく関東調教馬で1、2、3着を独占したというのに、関西馬を本命にしてしまって……

 ダービーデーは楽しむとともに、反省を促す日でもあるのかもしれない。

 先週から新馬戦が始まって、早くも相当な馬たちがデビュー戦を鮮やかに勝ち上がった。頭を切り替えて、来年のダービー馬を探しながら新たな1年間を頑張ります。

美浦編集局 吉田 幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
 道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。