ダービーを前に(吉田幹太)

この月曜日は暑さで目を覚ました。先週が寒かったこともあるけれど、いつもこの時季は3カ月くらい一気に進んだような気になってしまう。東京競馬場の中は勿論、府中の街も新緑に溢れて初夏のにおいが漂いだしてくる。

馬も一番、充実して美しく見える季節。そして競馬では大きなレースが目白押しで行われることにもなる。

来週はついにダービー。ひと頃はそんなことさえ忘れてしまうような美浦トレセンの雰囲気だったが、ここ数年は出走頭数も増えて、この5年では2頭の勝ち馬も出た。今年も無事に行けば6頭が出走する見込みで、トライアルレースを制した2頭を含めて人気を集めそうな馬も揃っている。

しかし、ダービーに出走する馬も含めて、最近はトレセンに戻ってくるのがレースの2、3週前というケースがよくある。追い切りを確認できるのも2回がせいぜいで、3回見られればかなり見たような気になってしまう。おおかた、牧場で仕上げられてから美浦に入厩して、微調整をしてレースと言うような流れになってきた。

その典型的な例になったのが、今週のオークスに出走するアーモンドアイの桜花賞の時だろうか。たまたま、1週前、そして直前の水曜日に濃い霧がかかったこともあり、美浦にいるトラックマンは2週前の追い切りを見ただけで、大事な直前の動きを見ることはできなかった。木曜日などに角馬場にいる姿などは確認できても、調教班の感覚で言えば追い切りの動きが見られなかったのは実に痛かった。

結果は皆さんご存知の通り。

状態云々ではなかったような気もするが、やはり、仕上げの過程をしっかり見られなかったことが予想や馬券の判断に少なからず影響したような気はしてしまう。そして何よりも、これがスタンダードになりそうな雰囲気があるのは恐ろしくもあり、物凄い違和感も感じてしまう。

トレセンにいる期間が短くても、仕上げられるのは普段のレースから理解はできていたが、大きいレースに向けての仕上げになるとちょっと違うのではないかと思っていた。それだけにアッサリ結果が出たのは少しショックだった。

自分が美浦に来た25年前は新人が土曜日に競馬場へ出勤することはなく、トレセンで前日の追い切りを見て勉強するのが仕事のようなものだった。当時は前日に時計を出す馬も結構多くて、それが水曜日の動きとガラッと変わったりするのが実に面白かった。特にGIともなればトレセンで見た姿と当日に競馬場に現れる姿がまるで違っていて、調教師の仕上げの奥深さに驚くようなことが本当に多かった。何をどう判断して、どの程度の追い切りをするのか。これこそプロフェッショナルなのだろうと痛感させられた。

今の形が競馬の進化形なのかどうかは分からないが、ここまで関東圏のGIを見ている限り、しびれるような気配、仕上げの馬は以前より少なくなったような気がする。もっとも、自分の判断力が鈍っているせいもあるのかもしれないが……。

いずれにしても、最前線の現場であるはずのトレセンに、プロフェッショナルな仕事が求められていないような気がしてしまうのは少し残念。そして、できればその仕事振りを目の当たりにしたい。

売り上げだけでいえば今のままでもいいのかもしれない。確かに競馬も十分に充実して、レースもそれなりに面白いとは思う。でも、あの25年前の自分がまだ駆け出しだった頃のトレセンの雰囲気とちょっと違ってきているのには物足りなさも感じてしまう。

これが、単なる自分の感覚の衰えで、杞憂に過ぎなければいいのだろうけれど……。

来週末にはあの緑一面の馬場に、鍛え上げられた18頭の馬たちが揃って、スタンド前から一斉にスタートする。そうなれば、こんなもやもやした気持ちも一気に吹き飛んでしまうのは間違いない。

日々のつらいこともすべて忘れさせて、熱中させてくれる。それが競馬の厄介な面であり、一番のいいところなのかもしれない。

今年もいいダービーだったと振り返られるように、あと1週間、しっかり頑張らなければ。

美浦編集局 吉田幹太

吉田幹太(調教担当)
昭和45年12月30日生 宮城県出身 A型
道営から栗東勤務を経て、平成5年に美浦編集部へ転属。現在は南馬場の調教班として採時を担当、グリーンチャンネルパドック解説でお馴染み。道営のトラックマンの経験を持つスタッフは、専門紙業界全体を見渡しても現在では希少。JRA全競馬場はもとより、国内の競輪場、競艇場、オートレース場の多くを踏破。のみならずアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、イギリス、マレーシア、香港などの競馬場を渡り歩く、案外(?)国際派である。