10.5秒の衝撃(田村明宏)

 今年の3歳クラシック路線は昨年末の時点から牝馬は阪神JFを勝ったリバティアイランドが主役を張るのは間違いないと思われていたのに対して牡馬は大混戦。各トライアルが終わっても主役不在。皐月賞を終える時点まではどの馬にもチャンスがあると思われていた。実際、皐月賞の上位6番人気までが単勝10倍を切るオッズで並んでいた。毎週末の度の降雨も混戦に拍車をかけて混沌としたムードだった。その中で私が注目していたのは担当している手塚厩舎のソールオリエンス。まだ、2戦のキャリアながら有り余る素質の一端は覗かせていた。デビュー戦の東京1800メートルでは2着にクビ差だったもののラスト2ハロン11秒0が続く追い比べを制して2戦目の京成杯では4角で外に膨れながらも直線で立て直してエンジンが掛かってからの伸びがよく結果的に2馬身半差の完勝。過去に成功例がないローテーションだったり、対戦メンバーの比較から不安もあったが、デビュー当初からの師の期待の高さを聞いていただけに負けるまでは本命にしようと決めていたのだ。

 皐月賞当日の4月16日は前日に大雨が降って馬場が悪化。芝コースはインが悪く外が伸びる状態だった。その中で最内枠を引いたソールにとっては決して楽ではない状況。当日は朝から天気が回復したものの依然、外の馬場がいい状態に変わりなく、8Rが始まる頃には再びスコールのような大雨が降り、馬場が悪化。ますます状況は厳しいなと感じていた。レースは当初からの予想通り、グラニットが果敢に先行。外枠にいたタッチウッドも抑え切れない感じで追走し、前半1000メートルは58秒5のハイラップ。7年前にディーマジェスティが追い込み勝ちを決めた年が良馬場で58秒4だったから重馬場の今年がいかに速かったかが分かるが、互角のスタートから馬場の悪いところを避けたソールの位置取りは3角を回っても15番手。とても安心して見ていられるような場面ではなかった。そして課題の4コーナーにさしかかる。前走は右手前に替えてしまったために外に膨れて他馬にも影響を与えてしまった箇所だが、双眼鏡を覗いた先には再び、外に膨れる同馬が見えた。「ああ、まったやってしまった」と内心つぶやき半ば、諦めながら視線を先行集団に移すと直線に向いて一旦は、レジェンド武豊騎手のタッチウッドが先頭に立つが、さすがに前半のペースが祟って踏ん張れず、馬場のいい外からタスティエーラが襲い掛かって抜け出そうとしていた。

 だが、その更に外からソールオリエンスが文字通り、飛んできた。年甲斐もなく興奮して応援した私の声が届いた訳ではないが、並ぶ間もなく前を交わし切ると最後は1馬身4分の1差をつけて勝っていた。レースラップは記録上ラスト1ハロン12秒0だが、目測では自身は10秒5前後で駆け抜けている。展開が向いたとか結果的に馬場のいいところを通ったとかいろいろ理由はあるにせよあの時、一頭だけ違う伸びを見せたのは間違いない。過去の映像を見ると皐月賞ではディープインパクトやドゥラメンテが同じような伸びを見せていた。依然としてコーナリングに課題を残して楽観はできないが、3歳秋以降にG1を7勝したキタサンブラックを父に持ち、タイトルホルダーと同じく母の父motivatorという血統なら今後を期待せずにいられない。あと1カ月後にどんな姿を見せてくれるのか?わくわくしながら待ちたい。

美浦編集局 田村明宏

田村明宏(厩舎取材担当)
昭和46年6月28日生 北海道出身 О型
今週はダービーと同舞台で行われるトライアルの青葉賞が土曜東京のメインレース。有力馬の回避が相次ぎ、やや淋しい組み合わせになったが、注目はソールオリエンスと同じキタサンブラック産駒のスキルヴィング。昨年は同厩舎で同じ父の産駒イクイノックスが本番で2着だった。適性の高さは間違いないし、ノウハウも知っている厩舎だけに権利を獲って本番での対決が実現するか。