ボアソルチからタサハラへ(水野隆弘)

 

 2月某日、向かいの席のI君が妙に嬉しそうだ。会員になっている一口愛馬会で馬名が採用されたという。「お母さんがこれこれで、お姉さんがかくかくなんで、それにちなんでしかじかという名前で応募したら通ったんです」と詳細に説明してくれたが…、忘れてしまった。いっぺんでは覚えきらん。

 オルフェーヴル、ジェンティルドンナ、リヤンドファミユ……。最近は外国語のしゃれた名前が増えた。義務教育で少なくとも6年は付き合う英語はともかく、フランス語にスペイン語、ドイツ語からギリシャ語にロシア語まで出てくるようになると、なかなか一見して即覚えるのは難しい。難しいが、知らなかった語に接する楽しみはずいぶん増えた。今はJRAのホームページで馬名の意味もすぐに分かることだし。このような馬名多様化の画期となったのはダイナガリバーやダイナアクトレスらの名馬名牝を送り出した社台レースホースが、それまでの「ダイナ」の冠号を廃した1985年生まれの世代が走りはじめたときだろう。その第1世代の1頭、サッカーボーイの活躍は、同期オグリキャップの引っ張る競馬ブームに乗った。勝負服と冠号がセットとなって姓+名の形で理解できる分かりやすさは捨てがたいものだが、サッカーボーイの軽やかで溌剌とした名前の響きにはそれを脱した新鮮さがあった。

 では、昔に比べて馬名の傾向はどのように変わってきたのだろうか。手許にたまたま古い「関西調教ゼッケン一覧(1983年版)」があったので、現在の「関西調教ゼッケン一覧」と比べてみた。まず、
 1)冠号馬名。これは所有頭数の多寡にかかわらず、ある語が含まれることによってオーナーが特定できるもの。
 2)混成馬名。これは日本語と英語の組み合わせ、父や母の名を継いだ造語など。そのほか判断がつきにくい馬名はみなこのカテゴリーに加えた。
 3)日本語馬名。
 4)英語馬名。
 5)フランス語、スペイン語などのその他の言語による馬名。
 このように5つに分けて数えてみた。最初は全頭を数えようと考えたけれど、3歳(旧4歳)に限ることにした。実際にやってみると、個別に意味を調べなければいけなかったり調べてもよく分からなかったりで、とても時間が足りなかったのですよ。具体的には、1981年生まれの3歳(旧4歳)馬1435頭と、2010年生まれの3歳馬で3月1日現在で競走馬名登録された2040頭、いずれも栗東トレーニングセンター所属馬が対象となる。約30年前というとまだ東高西低の時代で、「ダイナ」の関西馬は少ない。たとえばメイショウさんも今ほど多数の所有馬があったわけではなく、アグネス、ロング、マルブツ、マチカネ、ヤマニン、キョウワ、スズカ、ニシノなど1世代10頭前後かそれ以下の個人馬主でファンにもお馴染みの人が多数存在したという印象だ。

 集計結果は、
 1)冠号1242頭=86.6%
 2)混成58頭=4.0%
 3)日本語23頭=1.6%
 4)英語84頭=5.9%
 5)その他言語28頭=2.0%
 となった。1と2を足すと90%となり、ほとんどの馬が○○さんちの△△号という理解のされ方で走っていたことになる。当時としては希少なその他の外国語馬名から個人的な印象的に残るものを挙げるなら、短距離で活躍したハルマゲドン、毎日杯2着のボアソルチ、阪神障害S(1985年、秋)のニイキといったところ。ハルマゲドンはヘブライ語で最終戦争、ボアソルチはポルトガル語で幸運という意味。ニイキがNike=ニケ/ナイキだったとは、今回調べてみて初めて知った。牡馬だが名前は女神からもらったことになる。あと、この世代には小田切さんのハクラクテンもいましたね。

 これが2010年生まれ=現3歳馬になると、案の定というか、その比率は大きく変わっていた。
 1)冠号1294頭=60.6%
 2)混成99頭=4.6%
 3)日本語66頭=3.1%
 4)英語415頭=19.4%
 5)その他言語263頭=12.3%
 という結果。年度こそ違えほぼ同時期の資料なので、冠号馬名馬の数そのものには大きな変化がなく、英語とその他言語が合わせて30%を超えるまでに激増したぶん、分布が変わったようだ。現役馬では3歳だけで「メイショウ」の松本さんが78頭、「シゲル」の森中さんが38頭と多数所有している一方で、「タイ」の名鯛興業と「メジロ」などが消えているのは寂しい限り。「マルブツ」の大澤毅さんも一昨年の秋に亡くなったので一旦は0頭となったが、親族の大澤利久さん所有のマルブツツヨシが最近になって競走馬名登録された。

 1981年生まれの世代が戦った1984年のクラシック。牡馬は関東の冠号馬名シンボリルドルフが三冠を独占した。牝馬は桜花賞をダイアナソロン、オークスをトウカイローマン、エリザベス女王杯をキョウワサンダーが制して、混成馬名1勝、冠号馬名2勝だった。今年これまでの3歳重賞は冠号馬名がエーシントップ、クラウンロゼ、タマモベストプレイ、メイケイペガスター、コパノリチャードの5勝。混成馬名がクロフネサプライズ、日本語がウキヨノカゼで各1勝。英語はフェイムゲーム、カミノタサハラ(これはスペイン語起源の米国の地名)の2勝。今のところ伝統勢力ともいえる冠号馬名組がややリードしている。さて、開幕まであと1カ月に迫ったクラシック本番ではどうなるのでしょうか?

栗東編集局 水野隆弘